2012年1月22日日曜日

一日中 図書館で考え事

我は科学を信じているからどうも宗教心は無さそうだが、ここ数年は我が人生の羅針盤になる教え、哲学とか倫理道徳と置き換えて仏陀の過去の生き方だけを探求している。
神を信じる気は全く無いが、
「仏教は自分を制御するブレーキを持っている宗教」という言葉を10年前頃聞いて今だにその言い方の上手(うま)さ、鋭さが気に成っている。
飲酒運転厳禁と知りながら「まあ一杯くらいなら・・・」と、禁を破る。これは心のブレーキを持っていないからだ、と言う。うん、正しい。
ここに大事な金があるが「今急いでいるので取り敢えず立て替えて置こう」と、使ってしまい後で埋め合わせが出来なく成る等、困った経験がある。これも心のブレークが無いからだ。大きな反省の経験から分かる。
心の中にブレーキが無ければ、ブレーキの掛け様が無い。
つい、止められない心を跳ね返すブレーキは必要だ。
仏教には五つのブレーキがあるという。
1、 私はみだりに生き物を殺しませんというブレーキ
2、 私は与えられないものを捕らないというブレーキ
3、 私はみだらな行いはしないというブレーキ
4、 私は嘘をつかないというブレーキ
5、 私は滅びの元と成る過ぎたる酒は飲まないというブレーキ
これは仏教徒のための五つの戒めだが、このブレーキを持って自分を制御しながら生きているのが仏教徒だと言う。
人間の基本的な欲望を捨てよ、ということだ。全世界で通じる人間の生き方だ。
我もそんなことに気付きながら自分を戒めながら生きていることは事実だ。優しい教えで納得させられる。
5、の酒にはちょっと引っ掛かるが「過ぎたる酒」という言い方が気に入っている。飲むなでは無く程々にだ。
神さえ出て来なければ、人生の羅針盤を示し教えてくれる範囲であれば、我は何時でも反省ばかりだが我はまだ戒名を貰っていない仏教徒だ。
(戒名は高そうだ!いくら五つのブレーキを守り彼岸へ行く努力をしても無い金は出せない)
神話の範囲での行事や祭りもOK、その伝統を引き継ぐのもOK、常に正しい生き方をしたいと願い、またそのほうが生き方としては楽だと気付いてもいる我だ。既に心は仏教徒のつもりだ。
ネパールで熱心に受けるリクエスト、お寺を作って下さい。
ネパールに我の思う仏寺を作るにはどうしたら良いか、昨日は一日中考え、図書館で本を漁(あさ)っていた。

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