まだネパール国が出来ていないインド北部時代の遠い昔。
坂道を重い荷物を載せた兄牛マハーと弟牛チュツラの二頭立ての牛車が上っています。
「兄さん、僕達はこんなに苦しい仕事をさせられているのに、何故ご馳走を貰えないのでしょうか?」
「弟よ、私達は毎日満足できるだけの丁度良い食べ物を貰っているじゃないか、だから病気もしないし、他の牛達よりずーっと力持ちだって言われるんだよ。私には充分過ぎるほどのご馳走だと思えるのだがねー・・・」
「兄さん、同じ家に居る豚のムニカのことを知らないとでも言うのですか、毎日毎日とても食べきれないほどのご馳走を貰いながら何にも働かなくて良いんですよ。朝、僕達が荷車を引き始める時はグーグー眠っているし、夕方僕達が疲れ果てて帰った時もゴロリと寝そべって歌なんか歌ってご機嫌です。それに・・・」
「それに何だね?」
「くたくたに疲れている僕に向かって『チュッラ、私は綺麗好きでねぇ、汗とホコリで汚れたお前に近寄って欲しくないのだよ。さあ、私から離れなさい!』等と言うのですよ。思わず僕の角で突き殺してやろうと思うほどですよ、兄さん、どうして豚のムニカが大切にされて牛の僕達がこんなに苦しい思いをしなければならないんですか?」
「チュッラ、豚のムニカが何故ご馳走ばかり貰って働かされることも無いのか、その訳がもう直ぐ分かるよ。それよりこの道はドンドン急坂になる。さあ、もっと力を出して引くんだ。さあ、もっと強く!」
チュッラが怒ったように言いました。
「ああ、僕はもう嫌だなあ!僕もムニカの様に美味しいご馳走を貰って一日中ゴロリと寝て居たい!」
それから幾日か経った日の夕暮れのこと、兄弟牛の荷車が坂道を下っています。
チュッラが兄マハーに言いました、「兄さん、不思議なことが有るのですが?」
「何が不思議なのかね?」
「近頃豚のムニカを見かけないんですよ。どこか違う所に小屋を移されたんでしょうか?・・・きっとそうだ。今までよりももっと大きくて住み心地の良い小屋を貰って、今までよりもっと美味しいご馳走を貰って、ご機嫌で暮らしているんだ。ああ-、悔しい!ムニカの奴!」
道が終わったところで荷車は止まりました。見上げると空は夕焼けです。マハーが静かに語りました。
「チュッラよ、ご覧。今日も美しい夕焼け空だ。私はこの一時が大好きだ。夕焼け空を見ると今日一日一所懸命働くことが出来た喜びで一杯になるんだ・・・。一所懸命働いたからこんなに美しい夕焼けを見ることが出来るんだと思うのだよ。豚のムニカにも同じ思いをさせてやりたかった。けれど私にはどうすることもできなかった・・・。たった一度でもいいからこの美しい夕焼けをムニカに見せてやりたかったなあ・・・」、マハーの目からは大粒の涙がこぼれ落ちそうです。
驚いたチュッラが言いました、「兄さん、何が悲しいんですか?ムニカが死んでしまったとでも言うのですか?」
マハーが大きくうなずいて「お前があれほど羨ましがっていた豚のムニカはね、この間、主人の息子の結婚式の日に、お祝いに駆けつけたお客達のご馳走になってしまったのだよ。お前には羨ましく見えたムニカの毎日はお客のご馳走になるための毎日だったのだよ!弟よ、今でもムニカのような暮らしをしたいかね?」
チュッラの眼からも大粒の涙がこぼれています。「兄さん、僕は大きな考え違いをしていたようです。汗にまみれ、ホコリにまみれて働くことの出来る喜びを知りませんでした。美しい夕焼け空を見ることの出来る喜びが分かりませんでした。不平ばかり言っていましたから・・・。でも今は違います。働くことの出来る喜びも、美しい夕焼け空を見る喜びも分かりました。本当に、ムニカにも同じ思いをさせてあげたかったですね・・・」
兄マハーと弟チュッラの兄弟牛が引く牛車は夕焼け空が星空に輝く頃、ゆっくりと家路に着きました。
(雑誌、ぶっきょうスクールより参照)
昔々のインド北部、時を越えて、今のネパールにこんな話が伝わっています。 彦
2012年1月18日水曜日
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