ネパールでは寺院建立のリクエストがすこぶる多い。
寺院の数はネパールの人口3千万からすると日本より遥かに多いのではないかと思われるのだが、親達や先祖では無く自分達の手で手掛けた寺院が欲しいということか。
ネパールの人々は日常の祈りも熱心だ。
ネパールでは朝起きてからのプジャ(祈り)の準備は子供の仕事か母親の準備を手伝うのが日課だ。
だからか、素直な眼のきれいな子供が多い。世界的にネパールの子供の目は輝いていると言われている。
小さい子供でも、寺院の前を通る時は右手をおでこに置き祈りながら通り過ぎる。
そのお陰で我も多いに仏教やヒンズー教にも興味を持つことが出来、特に仏教関係書籍もよく読んでいる。
今我の書棚には仏教関係の書籍が30冊以上、ヒンズー教関係書籍が8冊はある。
今日もいつも通り5時過ぎに配達される新聞を2時間ほど読んで、久し振りに「ぶっきょうスクール」という月刊誌82号を1時間ほど読んだ。
日本では殆ど無い事だが、海外では自己紹介の時によく「あなたの信仰している宗教は何か」と聞かれる。「無宗教です」と答えると怪訝な顔をされることが度々あり、「仏教徒の生活をしています」と言うとよく伝わらない。「仏教徒です」と言うと、笑顔で迎えられる。しかし、続けて「仏教徒の生活や考え方を教えて下さい」と聞かれた時は咄嗟に答えられずに困った。
縁合って、ネパールのポカラにあるチベット難民の寺院の住職や僧達と知り合い、仏教徒は3つの宝を大切にすると教えてもらった。その時のメモがある。
1、ブッダン サラナム ガッチャミ 私は仏陀を心の拠り所とします
2、ダムマン サラナム ガッチャミ 私は仏陀の悟りの内容を人生の羅針盤とします
3、サンガム サラナム ガッチャミ 私は仏陀の教えを実行します
仏陀の教えとは人生倫理や道徳のようなもので、正に人生の羅針盤だと感じるが、その点では人間を支配するような神がいない感じもし好感を持てるのだが、仏教はヒンズー教の中で生まれたせいか、ヒンズーの神々をそのまま引き継いでいるのが気になってきた。
クリスチャンは幼い時期に洗礼を受けてクリスチャンネームを持つが、仏教徒もその証明として戒名を持つ。しかし日本での多くは親族と僧によって死後に与えられるのだが。我も習い、まだ戒名はもらっていない。
よく、仏教は哲学だと言われるが、他の宗教とそっくりの処や生臭い処も有り複雑だ。
しかしネパール人の多くは、仏教はヒンズー教の1派と、そんな考えの人が多く、ヒンズー教徒なのに仏教寺院へのお参りも差別無く熱心だ。特にヒンズーの3大神の1つであるビシュヌ神を信じる人々は仏陀をビシュヌ神の化身として親しみを持っている。言い換えればヒンズー教と仏教の間に壁が無い。
カトマンズにはボダナートと呼ばれている土饅頭の形に土を盛って作った仏陀の骨を祀(まつ)った世界最大の仏塔(ストゥバ)がある。始めて見た時には大きいだけで何て原始的な仏塔なのかと思った。
日本ではこのストゥバを音写して卒塔婆と書き、これを省略して塔と言う。日本の3重の塔や5重の塔はお釈迦様の墓として建てられたストゥバ だと言う。証拠に塔の上に聳(そび)える長い相輪(そうりん)の付け根、屋根の上には伏鉢(ふくばち)というストゥバを伝える物が取り付けられている。
仏教を知ると、我らの生活様式が仏教徒のそれだからか、面白い。今日は日本人がネパール人の考えを取り入れてネパールで寺院を作ったらどんな物に成るだろうかと考えて終わってしまったような感じだった。 彦
※ネパールでのダンプス興し(村興し)でリーダー募集。食住は提供。
農業経験5年以上、農産加工経験者、村興し・町興し経験者、元小中学校教師、その他関連者、以上現地リーダー(アグリカルチャーマスター等を認定)任命
※ネパールで、学校に行きたくても家庭の事情で行けない子どもの日本人奨学金里親を探している。毎月3千円で、現在6年生を10年生卒業までの5年間応援して欲しい。日本の何処からでもいい、手を上げてくれる人を探している。振り込み確認後、直ぐに担当して頂く学生のファイルを送る。もしネパールに行かれるチャンスがあればいつでも学校で面談できる。
www.aiueo-circle.jp/ info@aiueo-circlr.jp
2011年12月19日月曜日
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