前回のネパールツアーは、7月28日出発で8月29日に帰国した。
アイウエオサークルを設立してから始めての1番長い33日間と1ヶ月を超す出張となってしまった。
この17年間、いつもネパールに出張して帰ってくると7キロ前後は痩せて帰ってくる。
今回も同じだった。が、いつもは約1週間で体重が元に戻るのに、帰国した日を入れて9日が経過、帰宅後計ったらまだ2キロ不足している。
過去を平均すると1回のツアーでは2週間から20日間がパターンになっていた。今回は少し長すぎたからか?
直感だが、今回は元へ戻るのが遅れている。
思いたくないが、歳だからか? 来月は10(とう)年取って54歳になる。
そんな傾向も余り感じないのだが、そんな気で鏡を見たら、やはり歳相応の顔をしているのか?
やっぱり老けたなーと実感し出した。
今回のツアーは忙しかった。
○音楽支援だけでも次の通り。
第11回、ピアニカ大会が国際劇場で8月1日にあり、教育大臣がゲストで参加して下さった。夕方は大会の成功祝いパーティー。続いて、ネパール始めてのインターナショナル・ヒマラヤン・シニアオーケストラの結成、海外から17人ものミュージシャンが応援に駆けつけてくれ、12日~14日の朝まで、カトマンズから車で1時間半のナガルコットのリゾートホテルで100人を超す音楽練習キャンプを張った。
15日にはアカデミーホールで演奏会があり、ホーム大臣と教育大臣の二人が、ゲストとして参加、ネパールABCテレビのライブが入った。この日の夕方も大成功を祝ってパーティー。その前座としての放送のため、11日にはテレビ局に1日閉じ込められてのインタビューがあり、演奏会の前日の14日朝、8時に15分間もそのインタビューの様子が放送された。ネパールでは仕事は10時から、そのため多くの人々が家でテレビを見ていたらしく、その応対にも追われた。
16日からは、カトマンズ・ジュニアオーケストラ結成の準備。カトマンズ市民ホールの中に常設の事務所と練習場を設置することとなった。その下見と、昨日のお礼行脚で1日が終わった。
17日は、海外から集った17人のミュージシャン達の送り出し。その後はミュージック担当スタッフの坂野まゆみと音楽教本メソッドの印刷打合せと今後の計画チェックなど1日掛った。
21日にはヒマラヤンホテルでユースオーケストラのボードメンバーが集って、今後の対策についてミーティング。
○4月30日に完成式を挙げたチュリデビ校の後始末
完成後のチェックのため、18日に、雨の中、チュリデビ校へバイクで向かい、20日の夕方カトマンズに帰って来た。行くのに8時間の行程で、二日間は走りっぱなし。中1日は行事が組まれたのでそれへの参加と、終わった後のパーティー。
25日から3人のスタッフと我とで後始末の書類の翻訳に掛った。専門用語が多く進まない、数字の誤りが多くて進まない。ネパールの日付を西洋暦に合わす作業が進まない。26日、27日と精力的にやったが終わらない。結局27日は全員徹夜で我が飛行場に行くまでの28日の夕方6時まで頑張った。我の帰り支度は書類だけバッグに放り込む10分程度。途中、スタッフに夕食を食べさせて飛行場へ。スタッフ達が、見送りに来た人々に「私達は36時間眠っていません」と言って驚かせていた。
この教育施設建設寄贈事業では、来年はポカラのトレッキングコース上での計画が進み、関係者とは時間の合間を見ながら、打合せや調整をした。
○政府校教師トレーニング関係
8月2日のラリトプル(パタン)教室の第1フレーズ閉会式に参加、25日にはバクタプル教室の第1フレーズの開会式に参加。何れも政府関係者や大学関係者がゲストで参加。
8月08日は、既に終わっているカトマンズ教室の参加者40人との3時間の懇談会。22日には、ラリトプル教室の40人と同じく3時間の懇談会。
○カトマンズ市のファシリテーターとしての仕事
カトマンズ市のトップのチーフアンドエックスキューティブオフィサーがチェンジとなったが、地方開発省からは次の候補の発表がなく、トップ不在のため、7月30日~8月07日まで毎日、我の部屋303号室へ半日の出勤。結局9日になって発表された。遅くなったが、8月24日に、インターナショナルのデパートメントチーフ及び課長を伴って初挨拶を済ませた。他にインターナショナル関係のミーティング1回、シティーポリス幹部達とのミーティング1回、政府校視察1回、日本への研修生5人の送り出しに関するバジェット(予算)の打合せ3回。
○ネパール人学生招致事業
説明会2回と22日に顔合わせ会を開いた。
○カトマンズ事務所ミーティング
毎週日曜日、それぞれ10時~13時まで、4回。
○ビザの申請
ツーリストビザは年間150日まで。これでは日数が足りなくなったため、マルチプルビザの申請をした。最近ネパールでのビザ申請がうるさくなったということで、ホーム大臣と教育大臣に手紙を書いてもらった。そのためにそれぞれの大臣を訪問依頼、そのセクレタリー達にお世話になったので、24日に食事を共にし、一献傾けた。お蔭でビザは23日にいきなりイミグレーションオフィスを訪問したが、その処理の時間で、30分程度で発給してもらえた。
等など、その他普段の仕事処理や付き合い、計画の打合せなどはこのスケジュールの合間を練ってやることとなる。
こうやって考えると、忙しいと言えば忙しいが、もう慣れっこになっている。
今は雨季、そのため良く雨にやられる。幾ら夏でも風のある時や夜はやはり寒い。ここいら辺の事情が身体を疲れさせるものと思えるのだが。体重の減る原因ではないかと思える。
では乾季はというと、よく解らないが、食事の質だろうか? 我は同じ日本人としてもかなり小食だ。ネパール人は日本人の3倍は食べるが、我にはその真似は到底できないので、ネパールの粗食系統の食事では栄養とカロリー不足になるのではないかと思えるが。
何にしても直感でしか無いが、今回の体調は少しおかしいと思える。 彦
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