2009年1月3日土曜日

久し振りに日本を深く考えた。ネパール支援と結びつけて

正月といっても我は元旦から事務所に詰めた。
仕事をサボった訳ではないが、仕事が溜まり過ぎて処理できなくて困っている。実務は一切取っていないのに不思議だが、近い将来に向った仕事が山積みだ。
頭の働きが鈍いのかアイデアが足りないのか、とにかく作り出すことが遅々として進まず苛々する。
事務所では年頭に当たってということでも無いが日本のことを考えた。
世界同時不況で、米国型金融ビジネスモデルが崩れ、「100年に1度の危機」だとか「世界大恐慌にも」、と大騒ぎしているが、実際に大企業も赤字で大変だと騒いでいるが、その余波は雇用人に向けられている。労働組合の力が無く成ったからだ。大企業や中企業の内部留保金はどうなったのか? 昨年までの莫大な利益金だ。
良ーく新聞を見ると、新年度の投資や研究費は減らさないとの記事が時々、済まなさそうに小さく踊っている。留保金を沢山持っているからできることだ。それはそれでもいいが、縁の下の力持ちで一緒に働いた人々を再度(また)雇い直せば良いと、首切りを通した目先の利益を追う行動が、「世界同時不況という状況を理解して頂きたい」との冷たい言葉で語られている。1部上場企業等は合計でどの位の内部留保金を持っているのか? 新聞には出てこない。逆に、解説者は、「日本の強みは、減少したとはいえ、まだ1,467兆円もの個人金融資産があることだ」と、更に「このうち、150兆円から170兆円が平均的な個人のライフサイクルから見て「余剰貯蓄」といえる」と書き、締め括(くく)りは「こうした眠れる資金を掘り起こして活用することは、重要な政策課題だ」とし、結びは「内需拡大に向け、社会保障や、雇用対策などを中心とする景気振興に使途を限定すれば国民も納得するに違いない」と書いた。人の金を当てにするな、誰が納得するか? 人の金を当てにしたマインドコントロール、マスコミはこうやって、役に立たない政治家の側に立って国民をリードしていく。我の書き過ぎか? 読売新聞で読んだ。
「日本は世界第2位の外貨準備から国際通貨基金(IMF)に10兆円を拠出し、新興・途上国支援に当てる」との政府発表。外貨準備世界一の中国は出すのか? 日本の政治家は海外へ行く度に何億、何十億、とうとう10兆円と成った、そんな金額のカネを援助だと言ってばら撒いてくるが、何時もそんなに金があったのかと驚かされてきたが、今回ははっきりと行き過ぎだと感じている。大企業も政府も内部留保か、準備金か、凄い金持ちで驚かされる。予算の方は内部留保金や準備金を使わずに紙幣を印刷するという、だから借金ができる仕組み。これを日本は力があるという捉え方で良いのか? 我々と同じ日本人で、今日苦しんでいる人々への援助や投資はどう成っているのか? 海外支援も本当に苦しんでいる所に、役に立つ金として行っているのか? アイウエオサークルの振り返りをすればするほど、こんなに役立つ支援は珍しいのでは、と何時も心のステイタスを高めているが、目を他に転じると役に立たない捨て金の事業を見せられる機会が多い。
確かに海外に出ると、日本の素晴らしさを実感させられる。日本に帰ると国内の矛盾も実感させられる。
ネパールでの教育支援やその他の支援をしているからか、もっと実生活での他人のことを考えたいと思う。未来も大事だが、今の現状を放置しては未来はどうなるのか、と考えてみたい。
我は6日には出発、7日にはネパール入り。再度(また)暫らく日本を忘れてネパールの素朴さの中で生きることとなる。ネパールには日本の新聞が無いから(日本での我は、テレビは見るチャンスが無いので新聞のみ)。    彦

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