2008年3月25日火曜日

新たな課題 代表依存症候群からの脱却

2月19日のブログで「今がチャンス、事務局改革、ネパールカトマンズ事務所改革」と題して書いた。
広くアイウエオサークル関係者からの意見が来ると思ったが、一昨日初めての意見を口頭で貰った。
「あれでは事務局が何もしていないように見える」との意見と我は伺ったが、
「もしそうであれば少し違うな」と思い、当日のブログを読み直してみた。
意外にも改革という言葉が5回しか使われていなかった。
だが、以下の1行に目が留まった。
「今考える事務局改革は、事務局による代表の活動補佐と理事会補佐による理事会機能の強化が最大の目的だ」
その通り、事務局の仕事は実務だけでは無い、代表の秘書役を担って欲しい。
総務や実務の集中している事務局が秘書役を担ってくれれば、どれだけ未来からの留学生達に、ネパールの子供達に対して貢献できるか?
そこに我の思いが集中する。
3日前の理事会が頭に浮かんだ。
全参加理事から相当多数の熱心な意見が展開され、我への注意事項と注文が並んだ。
その中に「代表依存症候群からの脱却」という言葉が飛び出た。
代表依存症候群からの脱却には抜本的な組織改革が必要と言われた。
それは、殆どの理事がネパールでの経験少なく杉本の意見や報告を頼りにしている現実にあると言う。
今までにも時々言われてきたこと、それは我も同感だ。
それが成れば、我も確実に楽になる。
今回は3人の理事達にネパールへ行ってもらったが、今後この回数を増やす必要がある。
組織が大きくなると、時間の経過と共に色々な問題が山積してくる。
我はしっかりと意識している。
我が大胆に動かなくては解決できなく、山積したものはその重みでより硬くなり、カビも生え、膿みも出てくるだろう。
今思うことは、時間がかかるかも知れないが、後回しにしたり逃げたりせずに果敢に解決し、代表依存症候群を解消したい。
できなければ代表を降りられないということにも繋がり、硬直したアイウエオサークルとなるだろう。
それは、おそらく半年では解決できないだろうな、組織のあり方、組織改革も必要だから。
1年か?              彦

2008年3月19日水曜日

視察2校目でのスカラーシップ生徒のスピーチ(1)

3月13日、2校のACAジャパン(アイウエオサークル)スカラーシップ(奨学金授与)指定校を視察訪問した。
昨日は最初に訪問したシャンチ・ニクンジセカンダリースクールでのやりとりを紹介した。
今日は、ジャナセワ・セカンダリースクールでのやりとりを紹介する。
この学校では事前に3人の生徒に宿題が出されていた。
『私の教育・私の未来について』と題した3分間スピーチを3人のそれぞれから聞かせていただくことになっていた。
その後で、食事をしながら懇談の中で質問させていただくことになっていた。
3人とも6年生の女性だが、スピーチでは、原稿が無く、澱(よど)みなく、自信を持ったスピーチが成され、ただただ驚かされた。
幸い通訳が入っているため、通訳の言った一言一句がそのまま記録されたので、そこでのやり取りを以下再現する。
2校目、ACAジャパンスカラーシップ認定校視察訪問
ジャナセワ・セカンダリースクール 10年制政府校
   ACAジャパン・スカラーシップ認定第5号校
   現在生徒数 800人、
     参加奨学金生徒名 スリー・マラ      女性 6年生
              プジャ・ロカ      女性 6年生
              ジョニー・マハルジャン 女性 6年生
     学校側の参加者  学校長、        女性
教頭          男性
会計          女性
教師3名        男性達
     日本よりの参加者 杉本、菊池、大津、の理事3名 男性達
              高橋友人        女性

スリー・マラ
私はこれから私の教育、私の未来に付いて発表させていただきます。
私の教育と私の未来はお互い様です。
なぜならば、教育がないと私の未来はなくなります。
私の良い未来は今の良い教育にかかっています。
教育は私の明るい未来を作るための重要な役割を持っています。
より良い教育を受けることができれば、未来にとってより大事な人に成ることができます。
これは私だけでなく、誰でも未来にとって大事な人になることができます。
より良い教育には教科書や本だけでなく活動も含まれます。
良い教育を受けるには、誰でもその家族が重要な意味を持ちます。
誰でも、家族内で教育のための良い環境を作ってくれれば未来のための明るいものが待っています。
より良い国を作るためには国民に対しての教育が重要だと思います。
良い教育を受けることができれば、人間は何をやってもセクサス(成功)の道が開けているでしょう。
現在と未来のために教育は掛け橋となっています。
まだ読み書きのできない人々に対して、これから読み書きのできるようにしなければいけません。
私はその人達のために役立ちたいです。
世界の立派な方々は、良い教育を受けることができた方々だと思います。
教育は、人間を化学者や弁護士などの社会に、国に貢献できる人達を作ることができます。
活発に活動できることも教える教育が大事です。
教育を実際の活動に生かさなければいけません。
教育は頑張ることも必要です。
頑張って未来を作ります。
習ったことを多くの人に伝えることも大切です。
良い教育を受けても国のために使わなければ何も成りません。
教育は国の発展の基礎です。
私は教育を上手に受けることができて、国のために役立てたいです。
そのために今努力しています。
教育のためにも男女差別がありますがこれは絶対にいけないことです。
差別は、教育のためにも言語的にも、カースト的にも絶対にいけないことです。
少なくても、私は絶対にそういう差別をしないように頑張っています。
人にも差別をしないように伝えています。
ACAジャパンの方々、そして私の家族や先生方には、私に差別のない、未来に繋がる良い教育を与えてくださるようにお願いします。
私の教育に対する未来の発表を終わらせていただきます。
               彦

2008年3月18日火曜日

スカラーシップ(奨学金授与)指定校を視察訪問した

3月13日、2校のACAジャパン(アイウエオサークル)スカラーシップ(奨学金授与)指定校を視察訪問した。そこでのやり取りを以下再現する。
1校目
シャンチ・ニクンジセカンダリースクール
1944年創立、ネパールで最初に男性国民の勉強が許可された学校、ネパールで最も古い10年制政府校
   ACAジャパン・スカラーシップ認定第1号校
   現在生徒数 900人、
     参加奨学金生徒名 カビタ・タマン 女性 9年生
              カビタ・ライ  女性 9年生
     学校側の参加者  学校長、    女性
     日本よりの参加者 杉本、菊池、大津、の理事3名
              高橋友人    助成
            
杉 本 最初に私に質問させてください。その後、他のメンバー達にも質問させてください。
奨学金を貰えることが決まった時どう思いましたか?
タマン お姉さんが学校にお願いしてくれました、決まったと教えられた時は凄く嬉しかったです。
ラ イ 校長先生に呼ばれて教えられました、その時は信じられませんでしたが、嬉しさで心臓がドキドキしました。
杉 本 勉強についてどう思いますか? 好きな科目と得意な科目を教えてください。
タマン 勉強は大好き、特に数学と化学が好き、得意なのは国語と数学です。
ラ イ 私も勉強は非常に好きです。好きな科目は数学と社会です。得意な科目は人口と国語です。
杉 本 なぜライさんは人口という科目が好きなのですか?
ラ イ 人口について非常に詳しく書いてありますので興味をそそられます。更に地位の高い人のことがたくさん書いてありますので興味があります。
杉 本 将来の夢について聞かせてください。
タマン 私は医者になりたいです。特に病気の人のお世話をしたいと思っています。貧乏の人には無料でお世話をしたいと考えています。そのために勉強を頑張っていますけれど、もし医者になれなかったら、ネパールには読み書きのできない人がたくさんいることを知っていますので、その人達に対して社会的貢献をしたいと考えています。
ラ イ 私は先生になりたいです。村の方にはまだ学校に行っていない、学校にいけない子供達がたくさんいますので、そういう子供達に教えるために先生になりたいです。
杉 本 最後にあなた方の最近のトピックスについて教えてください。
タマン 期末試験が始まって2日目のことです。化学の試験がありました。その試験については良く準備したのですが、余り良くできませんでした。先生にも相談できなく、家族にも相談できずとても悲しかったです。これは今始めて人に話す話ですが、今でもとても悲しいです。
ラ イ 私も同じような話ですが、2~3日前のことです。先生に質問されて答えられませんでした。その時は非常に恥ずかしく、誰にも相談できずに家に帰りました。その後で、そっとお兄さんに聞いて教えてもらいました。
杉 本 僕の質問に答えてくれて有難う。この後、僕と一緒に来ている3人の仲間から質問があります。教えてください。
菊池理事 ライさんが人口という科目が得意だと教えてくれました。どんな勉強をしているのですか?
ラ イ ポピュレーションン・アンド・インバーラメントといって、人口増加の理由とその問題点、人口を変化させる因子、増加させないための方法等と、環境汚染をどう解決するか勉強しています。10年前から正課となっていて、5~10年生までが勉強しています。
菊池理事 二人の家族構成とその仕事について教えてください。
タマン 家族は私を入れて5人です。父は肺の病気で困っています。2年前に手術しました。母は2年前に死にました。姉は去年10年生を卒業しました。その時重い病気になって、先生方や卒業した先輩の方々に大変迷惑をかけました。皆で寄付をしてくれたり寄付を集めて助けてくれました。その時、私達の家計が苦しかったので姉さんは私のためにスカラーシップを与えてもらえないかと先生にお願いしてくれました。もう一人の姉は、今同じ9年生で勉強しています。
校 長 タマンの家族は非常に深刻な状況でしたので、先生方と話し合って特別に助けました。
ラ イ 私の家族は同じ5人です。私の家族は貧乏で生活ができないために父と母がこの学校で用務員として働かせてもらっています。兄と弟がいますので、1部屋頂いてそこで全員が生活しています。兄は2年間ACAジャパンの奨学金を頂きました。
大津理事 家の手伝いなどでは何が大変ですか?
タマン 私は家の問題で欠席が多いいのですが、姉と交代で炊事、洗濯、掃除、水運びをやっています。私が家事をやる時には姉は勉強し、私が勉強している時には姉が家事をやっています。
ラ イ お母さんが元気でない時は私が炊事、選択、水汲みをします。そういう時で宿題が多い時は、宿題ができず困ります。
高橋友人 この奨学金生徒は非常に貧乏のようですが、こういう子供達は他にもいますか?
校 長 この学校に通う全生徒の80%以上は生活苦に苦しんでいます。
高橋友人 ライさんは兄弟でACAジャパンの奨学金を貰っているようですが、どうしてそうなったのですか?
校 長 彼女達の家族は住む家も無く、本当に貧乏で何とかして助けなくてはと、職員達と相談して決めました。
家や職業だけでなく勉強も必要です。そのために兄さんに続いてライもACAジャパンの奨学金に推薦しました。
菊池理事 二人はカーストについてどう思いますか?
校 長 この学校では差別については殆どありません。皆で苦労してなくしてきました。ネパールで始めて民間人の勉強を勝ち取って開校した伝統ある64年の歴史を持つネパールで最も古い学校です。その後、なお戦ってネパールで初めての男女共学を勝ち取った学校です。私たちの誇りです。この学校に関してはカーストの差別はありません。
菊池理事 スカラーシップ生徒を決める基準はどうなっていますか?
校 長 学校内にACAジャパンの奨学金生徒を決めるためのセレクションボードがあります。勿論ACAジャパンの言う、「貧乏でもなお親も勉強させたがっている、子どもも勉強したがっている」、そんな生徒が選ばれますが、そればかりではやはりドロップアウトしてしまうような子どもが選ばれないとは限りませんから、+良く勉強のできる子どもが選ばれます。そして子供達の前で「この子のように一生懸命に勉強すれば皆も奨学金を貰うことができる」と発表しながら、奨学金を渡しています。これを聞いて僕も、私もと、頑張る生徒は沢山います。生徒達の励みになっています。
高橋友人 やっぱり本当に貧しく優秀な子供達が選ばれている、ということが分かりました。子供達は大変な中で勉強しているんだろうなとは思っていましたが、今、その現場を見て感激させられました。有難うございました。
        彦

2008年3月17日月曜日

「ビムセンゴラ校新校舎完成・贈呈記念式典」でのスピーチ

12日の「ビムセンゴラ校新校舎完成・贈呈記念式典」で、20分程度の記念スピーチを要請され、11日に以下原稿を書き、通訳に渡し、スピーチさせて貰いました。
記念スピーチと言われましたが、我としては完成後の啓発・指導が重要ですので、必ずしも要請者の意向とは違いますが、聞かされている多くの方々の合間合間のうなずきを見ながら良く理解しながら聞いてもらっている手ごたえを感じました。スピーチが終わった後には「有難う、いいスピーチだった」という内容の言葉を沢山の方々から貰いました。        彦

今日ここにニュービルディング(新校舎)が完成し、皆さんに贈呈できたことは、ACAジャパンやそのメンバー達、そして私を含めて、心のステイタスを大きくすることができ、非常に嬉しく思います。
この新校舎は、この地区の子ども達の教育の場として、この地区に住む方々の未来のランドマークと成りました。
この学校のこれからの変化を見れば、この地区の方々の未来に対する思いや行動力が分かります。
これからこの学校が、より優秀な生徒を出すことなく、新校舎が薄汚れていけば、この学校の先生方や学校運営委員会のメンバーや地区の方々が、手を抜いた証と成ります。関係者の皆さんが自分の目先だけを考える利己主義者ばかりだということでしょう。
しかし反対に、より優秀な生徒が増え、生徒達が明るく元気で生き生きとし、地元のためを話し、地域のためを話し、国のためを話し、話すだけでなく実際に生徒達の活動する姿が見られれば、おのずと校舎も輝いて見えるでしょう。
こうなれば、先生方が褒められ、学校運営委員会のメンバー達は感謝され、学校のために協力する人々が増え、その時にはこの学校舎が地区の教育のランドマークとして大きく輝き、カトマンズの、ネパールの教育モデルと成り、素晴らしい未来が期待できるはずです。
子どもは未来からの留学生です。
皆さんは、子ども達が未来へ帰るまでに出来るだけ良い環境で勉強できるように、よりポジティブな先生の元で勉強できるように、より良い教材が与えられるようにしなければいけません。
そのために、私からのお願いです。
まず、先生方、手を上げてください。有難うございます。あなた方は子ども達に何をどう教え指導したらよいかより深く考え、行動してください。この式典までは頑張ったが、この後目的がなくなったと気を抜いて、だらだらと遣らないでください。これからが大変です。
あなた方先生は子ども達のお手本です。1度入学してきたら8年間も一緒に勉強し、一緒に話し合うのです。
どうぞ、将来のある子ども達の存在を認め、子ども達にも心のこもった丁寧な言葉を使ってください。学校の敷地内や道路で唾を吐かないで下さい。私はゴミを捨てる人、を止めてください。良くシャワーを浴びていつも体臭のしない清潔感溢れる先生でいてください。子ども達のよき相談相手になれるよう、生活を正してください。
子ども達やその親達があなた方先生方をよく見ています。その親達にも馬鹿にされないよう努力してください。
次に学校運営委員会メンバーの方々、手を上げてください。有難うございます。あなた方は学校の運営を良く考えてください。
より良い学校になるためには、より良い教材も必要です。子ども達の衛生や安全も必要です。先生方の健康も必要です。
それらを維持し発展するためには何が必要なのか? いつも考え話し合ってください。
お金も必要です。どうやって集めるか工夫してください。
新校舎建設という大事業が終った今、これからが大変です。目的がなくなったからと力を抜いている暇はありません。
運営委員会のメンバーは名前だけではありません。
あなた方は、ビムセンゴラ校の運営をしてくださいと多くの親達から委託されたのです。
その責任は重く、もしあなた方が頑張らなければ「このメンバーでは駄目だ」と成り、学校への協力者は減るでしょう。結果は、夢の無い学校になり、輝いたランドマークではなく、明日の無い学校の目印になるでしょう。
そのうちに関係者の怒りに触れ、争いが起きるでしょう。
そうならないように、ビムセンゴラ校が輝き続けるランドマークを目指して、アイデアを出す、働く、子ども達や父兄に対して、地区の人々に対して良きメンバーとして頑張ってください。
3番目にお願いするのは地区の方々に対してですが、地区の皆様方にビムセンゴラ校からの協力のお願いがあった時、どうぞできる範囲でいいですから応援してあげてください。
できる範囲というのは、「ここに飲むお金はあるが学校に協力するお金は無い」という情けないことではありません。
「小さい協力だけど、その飲むのを1回止めて協力する」という小さい努力をして、ということです。
今のは例(たと)えですが、分かっていただけるでしょうか? 皆で努力しなければいけないということです。
違いますか? 近い将来、この学校の卒業生達が、それまでの勉強を生かしてこの地区で社会人としての生活を、活動を始めるのです。地区のためにより良い活動をしてもらうためには、今、この学校を選ばれた学校として、より良い勉強の環境を作る協力をしなくてはいけません。これからはあなた方ではなく、この学校を卒業した人達の時代が来るのです。協力しなくて何を期待しますか?協力するからこその期待です。
今、先生方や学校運営委員会メンバーの方々、そして地区の方々にこの学校をネパールのモデルとして、教育のランドマークとしての成功の道へ導いてくださるようにお願いしました。
次の4番目にはカトマンズ市のスタッフの方々へのお願いです。
カトマンズ市は、この学校のために18ラックルピー(約360万円)も援助してくださいました。
日本から来たお金と多くの方からの寄付とカトマンズ市からの18ラックのお金が合わさって、今この新校舎に形を変えて素晴らしい未来への夢を作ることができました。
日本人の私が言うのは少し違和感がありますが、ビムセンゴラ校とこの地区、更にはカトマンズ市民のために、ひいてはネパールという国のために有難うございました。あなた方の勇気に感謝します。
しかし、ここであえてこの援助のために頑張ってくださったカトマンズ市のスタッフの方に聞きたい。援助したままでいいのでしょうか? 良くないはずです。
カトマンズ市は18ラックも援助しました。そのお金が生きるか死ぬかはこれからです。
そのためには協力のしっぱなし、1度きりの協力では駄目です。このままにしておくとあなた方の協力はすぐに忘れられますよ。協力は続けなければいけません。
この学校にはまだまだ教材や衛生関係など、必要な物は数限りなくあります。
カトマンズ市のスタッフの方々が、いい顔をしたくて、限りあるお金をばら撒きしたとは思えません。
有効なところに重点的に支援するのがあなた方の力の見せ所でしょう。
市民に説明のできる有効なところがこのビムセンゴラ校ではありませんか?
ヒントは市のモデル校です。私は、あなた方が目先を変えて、何人かのスタッフで協力すればできる支援だと思っています。
指定されていない口先だけのモデル校でも、18ラックも援助してくださったあなた方の思い入れとやる気があればこれからも「カトマンズ市のモデル校として援助するのだ」と胸を張って、援助できるでしょう。そしてあなた方カトマンズ市のスタッフの力で、このビムセンゴラ校を本当のネパールのモデル校としてください。
もう一度言います。1度きりの援助では忘れられます。援助を継続してこそ、基本であった18ラックが生きるのです。カトマンズ市のスタッフの方々に重ねて援助の継続をお願いします。
学校運営委員会の皆さん、明日から早速カトマンズ市に行って、今後ビムセンゴラ校の相談をしてください。
次にカトマンズDEOです。
ここはネパール政府の直接のディストリクト単位の教育事務所です。
市民の皆様は、この事務所を通さなければ教育は始まらないと考えているようです。
そうかもしれません。ネパール政府の教育方針という点ではそうでしょう。
しかし、政府が全てではない、無い金で遣り繰りしているので方針は穴ぼこだらけ、政治家の方々や政府のスタッフやDEOのスタッフの方々は苦労していると思います。
そこに、やる気のあるスタッフには、素晴らしいアイディアが生まれる要素があります。DEOもこの学校をモデル校として考えれば、DEOにしかない情報を元に、色々なアイディアを優先的にこのビムセンゴラ校に提供できると考えます。
DEOのスタッフの皆さん、ここビムセンゴラ校はあなた方の管轄内にある学校です。あなた方のモデル校です。
あなた方の高度なアイディアと情報を屈指して、この学校を本当のモデル校として指導してください。
あなた方には3~4年に一回の人事異動があります。それまでの間しかこのビムセンゴラ校に貢献は出来ないのです。
あなた方にできるチャンスを逃さないで下さい。
6番目、最後です。私は誰も逃がしません。
ここに今いる皆さん方です。
今、先生方に、学校運営委員会メンバーの方々に、地区の方々に、カトマンズ市スタッフの方々に、カトマンズDEOスタッフの方々に強力な支援をお願いしました。
私の話は他の人達に言っている話ではなく、今ここにいる皆様方にも同じように協力をお願いするものです。
立派な箱を作って、その中にクモの巣が張ってしまっていでしょうか? いい訳がありません。
ACAジャパンは少し立派な物を作り過ぎました。皆を上手く乗せて頑張り過ぎました。
形だけで終らせないよう、今色々は成してきたことはあなた方にも共通することです。皆さんもこの学校の未来のために協力してください。
皆さん、今、「判った、俺たちも応援するから安心しろ」と言ってください。
「人にばかり話して、お前はどうするんだ」ですって?
そうですね、最後に私の番です。
皆さんがこのビムセンゴラ校を本当に応援するということが分かれば、ACAジャパンがこれからも更に応援するように、ACAジャパンの代表である私、杉本は本当に努力します。
私は、この学校に思い入れを持っていますから、このようなスピーチになりました。
思い入れとは、この学校の生徒の内容です。
働いている子どもが多く、その殆どはレイバーやカンチャと呼ばれている子ども達です。
これは、カトマンズ市が色々な理由で急に膨張していることが主な理由でしょうが、私が心痛めていることは、世界のグローバル化、世界が一つになろうとしているこの時、世界が一つに成らなければ成らないと気付き出した今、まだ人種差別が残っていることや、この子ども達には勉強は必要ないなどという考えがあることです。
この学校でそのような子供達に教育を与えてやって欲しい、この学校を通して地区の人達にそんな考えを捨ててもらいたい。そんな思いが強くあって、この学校の支援を頑張りました。
この次にもう一回スピーチの機会を頂いたら、その時はカーストや人種差別、子どもの未来に対する私の考え方について話したいと思います。
有難うございました。

2008年3月16日日曜日

昨日、ネパールより帰国

昨日、ネパールより帰国。
3月12日にビムセンゴラ校新校舎落成式典に参加、新校舎贈呈式を済ませた。
外務省の応援とカトマンズ市からの助成金を貰ってアイウエオサークルが建築工事を主管、無事に新校舎を完成させビムセンゴラ校に寄贈した。教育大臣と市長(代理)と校長の3人に我の手で贈呈目録を渡した。
教育大臣が我の手を取られ、その手を繋(つな)いだまま進み、テープカットに臨んだ。
最中もそうだったが、翌日、TV放映で見た時、つい笑顔が落ちるのに気付いた。
カトマンズ市の住宅街に建てられた鉄筋3階建ての15室を持つ新校舎。各階には男女別の水洗トイレも設置された。本当に大きな立派なビルディングだ。1階と2階の通路脇には花壇が設けられ外からも見える。外庭の紀念モニュメントの外周には30センチ巾の水蓮用の池が設けられ日本から送られた蓮(ハス)を記念植樹した。
大きなネパール伝統の彫刻額に嵌(は)められた教育大臣にカトマンズ市長と学校長の連名で書かれた感謝状をACAジャパン(アイウエオサークル)ファミリーと我にそれぞれ頂いた。
この学校は、ローカースト、アウトカーストの子ども達がその大半を占める珍しい学校。
児童労働に果敢に向かいながら、学校に通うことの無かった子ども達に教育を与えることにその意義を見出して、教育を進める学校。その火が消えかかり、急遽支援を決定、日本の外務省の門を叩き、カトマンズ市にも支援を要請。その成果が12日の新校舎完成式、とその贈呈式として実った。
今後は考えられる限りの我の全知全力を持って、アイウエオサークルの全パワー持って、この学校を支援し、地元の言うネパールのモデル校としての発展はもとより、更にこの学校を模した第2のモデル校、第3のモデル校へとネパールのあちこちに発展すべく応援したい。
教育大臣からの感謝状は2度目だが、この感謝状を貰うに至って、いよいよ我の引退時期を悟った。
ノーインカム(無収入)での15年は長かったが、ネパールの遅れている教育振興を目指し、教育環境整備を願って着々と毎年1館の教育施設を寄贈、その支えとして地区リーダー養成を目指した中等学生への奨学金を薄く広く続けてきた。今は村田理事のおかげで看護婦養成基金もでき、看護学生への奨学金も充実しその活動が活発化されている。
当初計画した時と同じスタイルで15年間も続けて来たこの2大事業の形はいよいよ完成されてきたと判断している。
今度のツアーにはアカウンタビリティー担当の菊池理事と財務・スカラーシップ担当の大津理事、ネパール文化担当の澤田理事が同行した。
近々、菊池理事がアカウンタビリティーの観点から2大事業に対する経緯とアイウエオサークルの今後の展望に対する道筋を解明発表してくれるだろう。
同じく、大津理事が財務の観点からアイウエオサークルの今後の継続性を構築してくれるだろう。
澤田理事は、同行中にネパールと日本の文化を通してアイウエオサークルの中に楽しさを導入しようというニュアンスの話を力説してくれた。
我は、我の責任の継続ははっきりと残すべくファウンダーの肩書きを貰い、関係者の希望する分野の担当を引き受ける1理事として新代表を支えることを考えている。
そのためには、一刻も早く我の仕事を減らし、その権限の大半を各担当理事に割り振り、重要事項に関する相談役的環境を作りたい。              彦

2008年3月1日土曜日

今日ネパール出張、ネパールの今日の事情

今日、ネパール出張。
3月12日のビムセンゴラ校新校舎落成式典、新校舎贈呈式参加。
外務省の応援を貰って、アイウエオサークルが建築工事、完成したので贈呈式、この主催者はビムセンゴラ校新校舎建設委員会。勿論アイウエオサークルからもメンバーを送ってある。
この学校は、ローカースト、アウトカーストの子ども達がその大半を占める珍しい学校。
児童労働に果敢に向かいながら、学校に通うことの無かった子ども達に教育を与えることにその意義を見出して、教師と学校運営委員会が教育を進める学校。その火が消えかかり、急遽支援を決定、日本の外務省の門を叩き、カトマンズ市にも支援を要請。その成果が12日の新校舎完成式、とその贈呈式。
考えられる限りの我の全知全力を持って、アイウエオサークルの全パワー持って、この学校を支援し、今後地元の言うネパールのモデル校としての発展はもとより、更にこの学校を模した第2のモデル校、第3のモデル校へとネパールのあちこちに発展すべく応援したい。
12日にはアイウエオサークルの理事4人と関係者2人がゲスト参加。

出張に当たって、今日のネパールの現状を書いておく。
最近の2ヶ月間ばかり、ネパール南部の国境近くタライ地方で騒乱が続き武装警察(機動隊)が常時出動、この14日に武装警察からの発表があった。タライ地方での政治勢力マベシ(Madheshi)のストライキでインドとの国境が封鎖状態、この騒乱で死亡者31名、誘拐65名、爆弾騒ぎ35件、放火56件、ピストルを中心とする武器押収多数。
この影響で、石油、ガソリン、重油、プロパンガスなどの燃料の全てが輸入ストップ。
これにより、カトマンズは非常事態に。
現在タクシー代が、先月の4倍に跳ね上がったと報告があった。
首都圏の観光会社もガソリンが無くツーリストバスや観光バスを動かせない状況にあるという。
水道は2日に1回1時間の給水になっている。タンクローリーで水は買っているが、そのタンクローリーのガソリンが無く、その水も買えないということでミネラルウオーターをダース単位で買うが今はそれも手に入らない。結局、井戸を持たない我々は、2日に1回1時間の給水に全てを託す生活を強いられている。井戸があっても水銀や生物学的汚染でとても飲める代物では無いと聞く。
地方から見れば、カトマンズは水道があるから素晴らしいとなるが、水不足に追い討ちをかける、その漏水率は40%以上に達し、2日に1回だけ1時間の時間給水。しかしACAジャパン(アイウエオサークル)の事務所には3から4日に1回1時間しか給水が無い。水道料金は毎年倍に値上げを5年間繰り返された。又今年も上がる予定。
それでも政府発表では、1人当たり1日約47リットルの給水を守り、生活は困らない程度だという。全く信じられない発表。
電気は1日合計で9時間から11時間の停電。1日、2時間から3時間単位での3回位の停電となっている。市民の不満対策か、2月10日の政府発表では1日7時間半から8時間の停電で週1日は24時間通電するとなっているが誰も信じていないのでは。これも今後5から6年間の辛抱だという。
アイウエオサークルではプロパンガスを使っているが、これも切れえたらお茶も飲めないことになる。庭野ある家はマキを使い出しているという。生活防衛だろうが、カトマンズの中心部ではプロパンガスに切り替えているので今後どうなるのか?
カトマンズの人口は、7年に1回の人口調査では、1991年には60万人弱だったが、1997年に80万人に、現在はカトマンズ市などで聞く予想だが200万人を超えている。
理由は、テロリストのマオイストの脅威から、地方から逃げてきた裕福な層が急増、と同時に仕事を求めて都会に集まる層、それらの混在で一方では不動産ブームが置き、一方では小さなスラムが点在する形で急増している。
政治の方は4月10日の選挙に向けた暗殺まがいの事件が頻発、主要7政党連合が選挙に国軍の投入を決定したが、マオイスト派はこれを拒否、逆に自分の組織YCL(Yang Comminist Leage)を各投票所に動員することを提案、それではテロリストに投票所を渡したのと同じだと大きな問題となっている。
地方からの豪族のカトマンズ流入や海外在住のビジネスマンの買いあさりで土地投機が高まり、この3年で200倍から300倍の高騰を続け、これに続く家賃の高騰が市民の生活を脅かしている。
カトマンズ市内でマンションが売り出されたが、その総戸数55に対し500人以上が予約に殺到、警察が出動する騒ぎに、1時間で完売したが価格は日本円に直して2000万円から3000万円。
建築資材のセメントや砂利、鋼材、レンガ、大理石などが年間35%以上高騰、人件費が25%以上高騰と、ここでもネパール庶民の生活を脅かしている。
最後に鶏卵だが、10年前は確か卵1個が1,5ルピーで3円だった。去年の夏は3,5ルピーの7円、この1月には5,5ルピーで11円、次回貴方が来る時には7ルピー(14円)位になっているでしょうと言われた。
あちこちでスト勃発の騒々しいカトマンズ、物価異常高騰のカトマンズ、その波の中に行くのに恐れをなしそうだが、遅れているということはこんなものだと割り切っていくしかない。こんなことで驚いていては国際支援などできはしない。      彦