2008年2月21日木曜日

アイウエオサークルのスカラーシップ(奨学金授与)生徒に聞いた


「スガヒコ・スギモトジーが、日本に帰ったら必ず伝えて下さい。私と私の家族はACAジャパンと日本のお父さん、お母さんに感謝しています。もしこの奨学金がもらえなかったら、私は勉強が出来ませんでした」
「私の家は貧乏ですから、何も出来ません。ですが、日本のお父さん・お母さんのおかげで私の兄さんや姉さんでさえ出来なかった勉強をさせてもらっています」
「この奨学金のために働いてくれた先生達にも感謝しています」
「最初、親と一緒に学校に来なさいと言われた時、何の用事だろう、行くのは嫌だな、と思いました」
「6年生迄は、よく家の仕事で学校を休みましたが、両親が頑張って何とか私を学校に生かせてくれました」
「しかし、もうこれ以上は無理だと両親に言われ、家の仕事や農業の仕事を一生懸命に始めた処でしたので、暫く学校に行っていませんでした」
「何か叱られるのかと思いながら、お父さんと一緒に学校に行ったら、日本の奨学金がもらえることに成ったが、勉強を続けるか?と、言われ、ビックリし、涙が出てきました」
「お父さんが校長先生と色々話していましたが、僕は下を向いて黙っていました」
「その日、家では、家族で、奨学金の話と日本について知っている限りの話をしました」
「家族は私のために大変喜んでくれました」
「それからは一日も休まず、毎日学校に行き、一生懸命勉強しています。イグザム(テスト)はいつも1番です」
「勉強は好きです、いろいろなことを知ることが出来ます」
「ACAジャパンは、村のリーダーになりなさいと教えてくれました、でも、私は医者になって多くの人の病気を治して上げたいと思っています」
「医者になれない時は、お父さんの仕事を手伝います」
「勉強は楽しいですけど、友達と遊ぶ時は少し悲しいです。私は貧乏ですから、友達のように菓子などを買うお金がありません。そういう時は出来るだけ元気に笑って過ごします。そういう時は何とかお金持ちになりたいと考えます」
「でも、あきらめていた勉強が出来るのは幸せです」
この後、親と話したり、先生と話し、この生徒の近況を教えてもらった。
もっといっぱい書きたいことがあるが、この12年間、色々なスカラーシップ生徒とあったが、いつものことだが、日本のお父さん・お母さんとか、第二のお父さんとか言う言葉が出ると、役に立っている、喜ばれているという思いが浮かび、つい涙ぐんでしまう。我はいい仕事をしている(収入は0だが)と思い知らされる。全てこの子供達を支えている里親のおかげでいい仕事をさせてもらっている。深く感謝。
自ら名乗り出てくれる里親希望者が毎月払ってくるれ3,000.円の会費、その20%が日本本部の各種手数料に使われ、同じくネパールでカウンターパートが20%を各種手数料に使い、残り1,900.円が子供のために使われる。年額で23,040.円が使われるている。この中身は、学生が学校に払う資金の全てを賄い、文房具一揃えを買い与え、毎年新学期時に制服(ネパールは全ての学校が制服制度)一揃え(ズボンに上着、ベルト、シャツ、、靴下、靴)を最終学年10年生になるまでプレゼント、更にスカラーシップ大会事業費の一部を賄っている。この06年と07年はスカラーシップ大会は資金不足で中止となったが、1年に1回のこの大会を学生達が非常に期待しているので今年は何とか実施したいと考え、資金の工面に頭を痛めている。
ACAジャパンの奨学金認定校は45校で、奨学金生徒は、現在151人いる。
最初の認定校は1校5人迄で7校、それからは1校3人迄で38校を認定している。合計で150人の奨学金生徒、残る1名はチベッタン難民で、生活苦で育てられず、チベット仏教のお寺で拾われた子供、青年僧だ。彼も熱心に勉強し、今は英語の勉強に余念がないという。
里親を名乗り出て下さった方は大体4から5年間の継続をお願いしている。
理由は6年生以上の子供を認定、10年制卒業まで。
中には一人で、2人、3人と面倒を見てくれる人、夫婦でそれぞれ一人ずつ面倒を見てくれる人もいる。
深く感謝。この里親になってくれる人々は、半分位が学生と文通をしている。勿論アイウエオサークルがその殆どの翻訳を手伝う。中には学生に会いに行く方もいる。今までに10人位いた。
        彦

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