2007年11月14日

今日から出張、ネパールへ行って来ます。

昨日、火曜日、「カトマンズ行きチケットが取れました」と昼間12時半過ぎに連絡が入った。
随分前から格安航空券をインターネットで事務局長と二人で探していたが、どうも2ヶ月前辺りから手配しないと手に入らないらしい。それで諦(あきら)めた先週の金曜日夕方5時になって、今迄通りのやり方で手配した。
良く、6万円や8万円で買えるのにと言われ続けていた。事務所での手配は何時も15万何がしかの値段。本当だったら言われる筈(はず)だ。
最近、追いかけるように「施設使用料に航空超過保険料に燃油付加運賃を含めて全部で10万円で買えますよ、ここにアクセスして視て下さい」と言われ、とアドレスまで教えられた。
個人の寄付と税金からの補助、助成で運営しているアイウエオサークル。敢えて高いチケットを買っていると判断されたら問題になる。それで、格安航空券探しに本気になった。
しかし、1週間以上も時間を割いて実らず、仕事が滞(とどこお)った。
もう、これ以上は無理、慌ててダイヤル、
「何時もの便で良いが、カトマンズ入りが遅れ過ぎたから出来るだけ早く手配して欲しい」
今日はもう5時を回っているし、明日(あす)・明後日(あさって)は土・日で、どうせ彼らの手配は月曜日だろうから発券手配を考えると早くて木曜日か、と考えていた。
その返事が昨日、「明日の便が取れました。しかし、帰りの便が取れないので1月の適当なところに入れて置きますので、カトマンズで変更して下さい」、咄嗟(とっさ)に「ずいぶん早く取れたな、有難う!」
インターネットで1週間以上も探して見つからなかったので、一寸甘く見ていた。まさか、明日とは。
サー、忙しいぞ、明日済ますつもりでいた法務局関係、急いでまだサインや押印をしてもらっていない理事2人に連絡、サインを貰って歩きながら、厚木まで東名高速で飛ばして往復2時間も掛かってしまい、それから事務局長との打合せ、買い物、と午後8時まで掛かってしまった。
家でも、いっぱい飲んでからスーツケースや肩掛けに荷物を詰め込んで準備が終ったのが朝方2時過ぎ。特大のスーツケースにまとめたが、計ったら36キログラム。手で持ち上げると40キログラムは超えている感じで、小さな体重秤(ばかり)にこんな大きなケースを安定しない形で乗せているので狂っているんではと何回もやったが同じ。信じるしかない。
朝7時半、車に乗せるのに重くて苦労した。やはり36キロ以上あるだろう。
今回も搭乗便はタイエアーだが、我は、国際協定を結んでいるスターアライアンスのメンバーである全日空のブロンズメンバー、それで荷物の機内預けは40キロまでOK。何とか成るだろう。考えるのは止め。
ここで問題がある。
ネパールのインターネット環境が悪くて、ブログの原稿が順調に送れなくなることだ。何時ものことだが。
まずカトマンズを離れたら全くアウト、カトマンズでも2000以前のパソコンだったり、ジャパニーズフォントが入っていてインターネットに繋がったパソコンに出会うのに苦労する。わがカトマンズ事務所のパソコンは繋がっているのだが、我目当ての客が多くて事務所では中々時間が取れない。
できるだけ努力するが、ブログが送れたり送れなかったりの、多分送れないことの連続になってしまうだろう。
読者には勘弁を。
今度の主な仕事はポカラの更に西方のフワスVDCに飛んでの1,000本以上の植林と、同じくそのフワスVDCに過去寄贈した学校舎とその学校のその後調査にスカラーシップ生徒との懇談、カトマンズでは工事中の学校舎視察、南のチトワンに飛んで図書館運営委員会とのミーティング、ポカラでの一本化されただろう身障者の団体との懇親など。その他、細かい用事は山積み。
では、行ってきます。              彦

2007年11月12日

ネパールの暦は日本の旧暦

ネパールでは毎年10月~11月に掛けてダサインとティハールという国民的大祭が続き仕事が出来なくなる。
その祭りの期間が長く、伴って休日も長くなる。
ダサインは10日間に渡りシバ神の妻パールバティの化身である闘(たたか)いの女神ドゥルガが魔王マヒシャを退治してくれたお礼と勝利を祝い、生命力と豊な実りを祈る祭典、その内の8日間は政府関係から銀行や学校まで殆どのものが休みになってしまう。
ダサインが終わると間も無くティハールが始まり、人間の成功の全てを司っている女神・ラクシュミを我家に迎え、富と繁栄を祈る5日間に渡る収穫祭だ。ラクシュミは日本の吉祥天。この時も休みになってしまう。
問題なのはこの祭りの日が毎年違うこと、ネパール人も3月に売り出される暦(こよみ)を見ないと今年の行事が分からず、休日も分からない。
カトマンズ事務所に問い合わせても「暦を見るから待ってくれ」となり当日には教えてもらえない。
しかも、時々その日が間違ったりするので後で慌てることとなる。
理由はネパールの暦にある。
今の日本は1873年(明治5年)に取り入れた、地球の自転に基づくグレゴリオ暦(西洋暦)で運営しているが、ネパールは日本が1873年まで使っていた太陰(たいいん)太陽暦、いわゆる我々の旧暦で運営している。
ネパールではビクラム暦という。
この暦は月の満ち欠けを元にした太陰暦に従い1ヶ月は29、5日。で、1年12ヶ月では約354日となり、季節と暦がずれることとなる。その解消法として、約2、7年に1回うるう月を入れて1年を13ヶ月にすることで合わせている。更に1ヶ月を29日にしたり、32日という月がある年も出て来る。伝統行事などはこの太陰暦で運営される。
ただ1年の初めの正月はグレゴリオ暦の4月14日か15日に固定されている。いわゆる太陽の運行による太陽暦だ。
太陰暦だけではイスラム暦のように季節と月のずれがたちまち起こってしまうが太陰太陽暦という組み合わせで調整されている。
例えば七夕様はグレゴリオ暦だと毎年7月7日だが、江戸時代には新月から6日目の月が南西の空に輝く夏の夜となっていた。その旧暦で計算した2006年は7月31日となり、2007年は8月19日となり、来年は8月7日となる。
このように、ネパールの行事は毎年実施日が大きく異なるので、日本での活動と合わせるのが大変だとなる。しかし、昔の日本もネパールのこの暦を使っていたんだと考えると気が軽くなる。
世界では、このグレゴリオ暦を便宜的に使ってる国は多いが、太陰太陽暦も多く、更にはチベット暦、マヤ暦、エチオピア暦、ヘブライ暦、イスラム暦、中国暦、インド暦、などなど、様々だ。
世界一率に行かない理由は、日本で使用しているこのグレゴリオ暦が紀元525年に修道士がキリスト誕生から始まる算年法を考案、しかしわずかなずれがあり季節の動きとずれてくることから1582年にローマ教皇グレゴリオス13世が修正を命じ完成されたことによるのだろう。暦には行事の関係で宗教性や季節に伝統生活などあらゆる要素が組み込まれているので、その国情により中々思うように行かないのではないか?
実際に、今の日本でも民間では年中行事や占いのためにネパールと同じ太陰太陽暦を使っているのだ。
ネパールに関係した日本人の多くは勝手に世界中が同じ暦で、ネパールは特殊だと考えている人が殆どと見受けるが、何故、何を根拠にそんな大胆な、外れた考え方をするのか?できるのか?
ネパールに関して、他の点においてもこんな勘違いが多い。
日本の母音、識字教育のアイウエオもネパールから空海和尚が持ち帰り、日本語の基礎としたと言うと信じない人が多い。ネパールの母音はア、アー、イ、イー、ウ、ウー、エ、アイ、オ、オウ、であり一つ置きに読んだらどうか?
子音についてもネパールでは、カ、チャ、タ、ナ、パ、マ、ヤ、ラ、ワ、となっていて、日本語のアカサタナハマヤラワとの違いを感じて欲しい。ネパール語と日本語の文法も殆ど同じとはどういう事か。
要するに現実は、空海和尚がインド北部(当時はネパールではなかった)に行ってそこの言語に一寸手を加えて50音表を発明したことになっているという事実がある。安心して信じて下さい。
識字教育の50音表といい、暦といい、同じモンゴル系で、米飯で、仏教の神様の殆どがネパールにいることなど、なんと親戚といっていい程に似通ったネパール、一回この点を書いてみたかった。           彦

ネパール語 ものすご、簡単(15)   時間 ②
チッカ パーンチ バジョー|
ちょうど  5  時です。
サワー パーンチ バジョー|   5時15分です。
15分   5  時です。
サード パーンチ バジョー|   5時30分です。
30分   5  時です。
パーウンネ パーンチ バジョー|5時45分です。
45分   5  時です。
パーンチ バジョー チラ  ホ|

 5     時    ごろ です。
時間を言うときは アヒレ(今)を頭に付けて言うのが普通。

2007年11月11日

東アジアサミット、2020年までに森林面積千五百万㌶増やすと約束か? 世界の植林活動に追い風

昨日の夕方5時丁度、話し合いの約束をした東京のベンチャー企業の社長が事務所に現れた。
ジャスト約束の時間。さすがビジネスマン、有難う。
植林事業立ち上げの話。
11月01日のブログに転写した我からの貰ったメールへの返事、その続きの話だ。
彼は話の途中で「貴方は文が上手だ。文の最後は特にそう思った。僕は一本釣りされたようだ」と言っていた。
そんなことは無い、彼は趣旨が分かったから今日の約束をし、来てくれたのだろう。有難う。
アイウエオサークルはネパールでの植林支援を継続してきた。
去年度実績で見ると、イオン財団からの支援で8,900本、地球市民財団からの支援で1,410本、1口1,000円の一般寄付で500本、合計1,810本を植えることが出来た。
それまでの累計は8年間で98,100本、合計して99,910本植えたことになる。
今年度は1,000本以上を目安としている。
途中6年間は継続して15,000本を植え続けた。当初の2年間と昨年と今年度の植林本数は少ないが、この10年間で約10万本を植えたことになる。我の心のステイタスがほくそ笑(え)んでいるのが分かる。
木が無いためにネパールの山は荒れ、自然災害も年々大きくなっている。
ネパールでは、学校へ行ったことが無く字の読み書きの出来ない多くの指導者達でさえ、木を切り過ぎたために自然災害が大きくなっていることを知っている。それでも、今でも2,700万人の殆どが生活や人生行事のために木を切る。
アイウエオサークルは生活のために木を切ることによる貧困の悪循環を断ち切る目的で、植林+副産物の考えから飼料木や果樹の植林を続けてきた。
3年で牛の餌として使える飼料木、そして10年15年経ったら薪(まき)となる飼料木。切り出す3年前に代替の苗を植えれば問題無く循環していく。
餌不足で減りだした農耕と搾乳目的の牛、その頭数を元に戻すことによって、牛が減ることで増えた重労働が減り、減った牛乳の摂取量が増え、堆肥の量が増え畑の力が蘇(よみがえ)る。女子どもの仕事、1日がかりの餌刈りから解放されて、女子も教育を受ける時間ができる。
目標20万本に対して今までに植えた数10万本、持続性の重要さに鑑(かんが)み、更なる継続が必要。
しかし、近年植林に関する資金が集まらない。持ち論、我らの努力不足だろうが、申請書類を起こして審査を受け事業を実施、報告書を起こし監査を受ける、このやり方を続けていては長続きしないことが分かってきた。
我らは何処まで行ってもボランティア団体。その調査費と書類作成費は何処も面倒を見てくれない。やればやる程に赤字を積んでいくことになる。そこで民間企業とのタイアップということになった。
最近、企業の社会的責任CSR(Corporate Social Responsibility)という考え方が浸透されて来て、持続可能な社会を目指すためには、行政、民間、非営利団体のみならず、企業も経済だけでなく社会や環境などの要素にも責任を持つべきであるという考えで、各企業がCSR経営の実践を目指し出している。
しかも「消費者が安心できる企業を選びその企業の製品なら購入する」という時代にもなってきた。その選択のモノサシの一つとして一般人達がCSRに注目してきた。今、企業はこのCSRを無視することは出来ない。
そこでこのCSRを、京都議定書で定められた温室効果ガスの削減に対する後方支援としてアイウエオサークルの植林事業支援に向けてもらえないかという発想だ。
昨日の今日、今朝の朝刊に驚いた。
21日にシンガポールで開かれる東アジアサミットが採択を目指す、地球温暖化に関する特別声明が判明した。
「気候変動とエネルギー・環境に関するシンガポール宣言=温暖化を招く二酸化炭素を吸収する森林面積を2020年までに参加16カ国合計で少なくとも1500万ヘクタール増やす」と数値目標を打ち出している。この1500万ヘクタールという増加面積は日本の国土の約40%。
この東アジアサミット参加国は、日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランド、アセアン加盟10カ国、の合計16カ国。
注目点は中国とインドが参加しての特別声明が世界に発信されることだ。22日の朝、世界的なビッグニュースになろう。これから、ものすごい植林活動が始まるだろう。
昨日はいい話し合いだった。今日はいいニュースだった。       彦

ネパール語 ものすご、簡単(14)   時間 ①
アヒレ カチ バジョー?
今  何時 ですか?
アヒレ エク バジョー|
今   1 時です。

アヒレ ドゥイ  バジョー|  今2時です。
アヒレ チン   バジョー|   3時
アヒレ チャール バジョー|  4時
アヒレ パーンチ バジョー|  5時
アヒレ チャー  バジョー|   6時
アヒレ サート  バジョー|   7時
アヒレ アート  バジョー|   8時
アヒレ ナウ   バジョー|   9時
アヒレ ダス   バジョー|  10時
アヒレ エガーラ バジョー| 
11時
アヒレ バーラ  バジョー|  12時
数字の12までが分かれば、取り敢えずの時間は理解できるでしょう。

2007年11月10日

ネパール原産のレモンとヒマラヤの水、ネパールの伝統的焼酎作りの技術でヒマラヤレモンワインを一緒に

昨日、パリから成田空港に初荷が到着した。
ボジョレ・ヌーボーのことだ。
フランス産の今年度産新酒赤ワイン。
我は酒好きで自他認める好事家(こうずか)。
毎年11月の第三木曜日が解禁日だ。今年は15日だ。
毎年、当日夕方に何本も届く。もっと欲しいのだが、有難う、奇特な友人だ。深く感謝。
酒の話になると、ネパールでのレモンワインの製造販売指導だ。
06年度も07年度もアイウエオサークルの計画書の中に入っている。
既に昨年試作品は完成し、ネパール人の多くの人に味わってもらった。
ズバリ、ネパールの伝統酒、ロキシー(ネパール原産焼酎)だ。
これはネパールのレモンとネパールの天然ハチミツ、ヒマラヤの水に、ロキシー用酵母に、ロキシー製造伝統技術の5点セットで作る。
飲んでもらったネパール人に言われた。
「旨い、ネパールのロキシーより旨い、スッキリしている」と。
今年の3月14日、我が3リッターを持ち帰り、友人たちに振舞った。「旨い、だけど強い」がその時の言葉。
焼酎をストレートで飲めば強いに決まっている。今後の生産課題は度数と味の調整だ。
天然資源の無いネパールでは、新しい産業の開発が急務なのに、夢の話ばかりで新産業は殆ど育つこと無く現在の苦境がある。レモンの原産地ネパールには、ヒマラヤの水とレモン、天然ハチミツ、ネパール焼酎の発行技術がある。これらを掛け合わせたらレモンワインができる。日本酒は海外ではライスワインと呼ばれている。
農産物を使った加工で、大規模で無い新しい産業、原料は田舎から、製作はヒマラヤの綺麗な水が確保できる所なら何処でも、で、実験農工場を設置、といっても農家の納屋でいい。ネパール人はロキシーを納屋で作っている。
ズバリ、女性の職域確保と現金収入の道を開く。
最初に話した全てのネパール人は「ロキシーは酸っぱいレモンではできない」と、非協力的だった。
「出来ないと分かっている物を作る手伝いをしたら僕が笑われます、ゴメンナサイ、他のことなら協力します」と宣(のたま)われた。何を偉そうに、格好を付けているか!
作ることには問題が無い。後は、より高付加価値で多少高価でも売れる商品に育てるには---コストを引き下げて生産する努力をどう進めるか---の二者択一のマネジメントを考えながら、まずカトマンズ市内のタメルで外人観光客に販売しながら味やパッケージの見直しを進め、友好国(ドイツやオーストラリアなど)へ輸出、と、進めていく。
隣の国は大市場のインドだ。ネパール人はインド人を嫌うが、商売には関係ない。
この製品化で販売、醗酵の技術を磨き、毎年1製品の開発指導をする。
夢があるではないか?
ブランドは、T,K、「トータス・オブ・カトマンズ」、亀はネパールの神様。
キャッチフレーズは「原産のレモンとヒマラヤの水で熟成されたヒマラヤレモンワイン」
資金計画は、未だ資金見つからず、誰かスポンサーになってくれないか。             彦

ネパール語 ものすご、簡単(13)   好き嫌い
マラーイ    ヨ  マン パルチャ|
私は    これが  好きです。
マラーイ    ヨ  デライ マン ラギョー|
私は    これが とても  好きです。
タパインラーイ ヨ  マン パリョー?
あなたは  これが  好きですか?
タパインラーイ クン マン パルチャ?
あなたは  どれが  すきですか?
マラーイ    ヨ  マン ラゲナ|
私は    これは  嫌いです。
ボディランゲージを使って、特に腕と指を使って話せば、苦労はしないでしょう。
相手のネパール人はあなたの好き嫌いを気にしてくれるでしょう。
じぶんから マラーイ ヨ デライ マンパルチャ|と話したら喜んでくれること間違い無しです。

2007年11月9日

アイウエオサークルのビジネスモデルを確立したい

国内担当理事と入院している理事のお見舞いに行ってきた。
電車で片道2時間半、往復で5時間の道程だ。
しかし、術後の経過もよく元気だった。
元気が一番。話していても楽しい。
事務局や理事達から預かった見舞金を渡す手も軽やかで、気が楽だった。
帰ってきても「回復も順調で元気だった」と言えるのがいい。

アイウエオサークルのビジネスモデルを確立したい
新年度の事業計画に苦心している。
まず事業計画書の改革が必要。7~8ページ位に纏(まと)めようと考えている。
今までは20ページ前後有った。
ネパールでの事業を2大事業に集約するのだから、その面でもページ数が減って当然であろうし、2大事業集約化は2年目でも有り、当然と漸次(ぜんじ)事業数も減っているわけだから、ページ数も減ら無ければおかしいと言われるだろう。
ページ数から来る制約は大きく、考え方は間違っていると言われるかもしれないが、ページに余裕が無いのだからこの事業は削ってしまえ!というものも有る。勿論こんなものは最初から削れるものだったのだろうが、ここでいうページのことだが、全く違った観点の要素があって始めて気が付くものも有るということだ。我はそうだ。
事務局や理事達の遣り甲斐を高める環境作りを事業としてやろうか? それとも我の率先した問題意識や更なる開発意識を伴った情報共有を更に進める形での啓発のような形でやろうか? 等も有る。
振り返りや未来の構築も必要だ。そのためのアイウエオサークル内の風通しを良くするためにアイウエオサークル独自のインフラ整備も必要だ。これも常に言葉で投げかけながら阿吽(あうん)の呼吸でやるか、はっきりと意識付けするために事業として文章にするか? など考えさせられている。
アイウエオサークルの2大事業、初・中等学校の学校舎建設寄贈と奨学金授与に関してはこの14年間飽きもせず全く同じやり方でやっているが、それに付随したこれからのアイウエオサークルの活性化とは何だ? 時代の流れに乗れる新しいグランドデザイン(全体構想)をも示したい。何でも新しければ良いというものでもないが。
国際支援で苦戦しているNPOは多い。一番の問題は資金であり、現地との文化の違いによる摩擦や進捗の遅れだろう。それらNPOとの共存のあり方も考えている。苦戦している間はいいが、閉店させては勿体無い。それまでの投資は、その資金元への責任は、未来の夢を見させた、踏み込んでいった現地への責任は、と考えれば歴然、成功例も多いのだから、せめて何故追い込まれたかの検証が欲しい、閉店しないための有り方検討が欲しい。
組織についても、組織内分権のキーパーソンが沢山欲しい。できれば理事全員がキーパーソンになって欲しい。
我の言いたいことは、これらを纏(まと)めて、全てが含有されているアイウエオサークルのビジネスモデルの再確立ということか?               彦

ネパール語 ものすご、簡単(12)   タクシー②
カトマンズのタクシーは走っている最中や交差点で道は分かっていても
シダ ホ?(まっすぐですか?)と聞いてくる。
聞いてきた言葉が分からなくても、下のように答えれば問題は無い。
答えられないと凄く遠回りされてしまう。シラッとやるところが憎い。
ダヤン パッティ|  ウタ パッティ|
右  側へ。     向う(右)側へ=後部座席左側に座った場合
バヤン パッティ|  ヤタ パッティ|
 左  側へ。     こちら側(左)へ
シダ シダ|      ビスタリ ビスタリ|
まっすぐ、まっすぐ。 ゆっくり、ゆっくり。
ちなみにタクシーはカトマンズとポカラにしか無く、その他の都市では乗合バスか、リクシャー(人力車)しか無い。ポカラのタクシーはメーターが無い上に一寸異質で乗りにくい。

来年度の学校舎建設寄付の目処がついた、捕らぬ狸の皮算用だが、でも良かった

我のパソコンは、電話ではなく AIR EDGE で繋いでいるので電波の良し悪しに大きく左右される。
我はパソコンを持ち歩き、車の中や外で仕事をする時が結構あるので AIR EDGE を使ってインターネットをやっている。
昨夜と一昨日は何としても繋がらず、ブログが送れなかった。
我の住まいは神奈川県と静岡県に山梨県との3県の県境、山北町にある。神奈川県のチベットといわれる所、山多く電波事情が余り良くない。深夜12時前にブログが送れないと翌日の日付になってしまう。
この二日間は一寸忙しかったため、深夜まで頑張って自宅でブログを書いたがとうとう12時になってもパソコンが繋がらず。時々こんなことがあり、疲れてしまった。
それはさておき、今朝事務所へ出たら何はともあれ一番にブログを送ることにした。この事務所も秦野の丹沢山塊の麓にあり、余り電波事情が良くないのだが。

朝4時起き、風呂に入り髭を剃って身支度し、朝食抜きでJR御殿場線東山北駅の1番列車05:48分に乗って独立行政法人郵便貯金・簡易生命保険管理機構の配分金説明会に行ってきた。
東山北駅から乗り込み、隣の松田駅で下車、小田急線の新松田駅まで歩き、乗り換えて新宿へ、更にJRで目黒駅へ、そこからもう一度都営三田線に乗り換えて芝公園駅を目指した。そこから元郵政省で使っていたビルで今はメルパルク東京と言うビルの3階へ。08時20分に着いた。約2時間半というところ。
説明会は09時から。
アイウエオサークルへのリクエストはいっぱいある。しかし資金がない。
もっと、もっと学校舎建設寄付の目的寄付が欲しい。
そこで、取り敢えずネパールの子供たちに寄贈する10年制政府校新校舎建設の配分金を貰おうと思っている。
教室10ルームに教員室、図書室、化学室、トイレ、更に水問題を考えて井戸も一基掘っておきたい。
これで来年度も1校新校舎建設寄付ができると取らぬ狸の皮算用だが、胸の中ではほくそ笑んでいる。
今日の説明内容はこうだ。
申請団体の資格と、申請書の書き方。配分できる事業の選別や配分対象の内容など。
郵政省から民営化して独立行政法人になった、しかしこれを機会にボランティア貯金を中止、今までの貯金にかかる金利の寄付が約19億円残っているので、早いとこ配分してしまい、完全撤退をしたい。しかし、4~5年掛けてと言っていた。ボランティア貯金の制度は国際支援の大きな資金源として非常に役立ってきた。民営化で自社の利益にならないからと切り捨てられた感じがしてならない。
しかし、何処もそうだが、アイウエオサークルには、最後のチャンスと成りそうなので、過去3回ほど配分してもらっている実績もあるので、配分申請することにした。
郵政省や外務省の資金を頂くには非常に骨が折れる。
かなりの下調べと、かなりの申請書の作成能力が要求される。勝ち抜くという点、それと彼らのチェックや審査法やその方針をを良く酌(く)んで、彼らに合わせた書類作りが必要だ。
余りくだらない指導をされないよう、アカウンタビリティーもたっぷりと落とし込んでやろうと思っている。
帰りは夕方になってしまったが、今日は狸の皮算用でも嬉しい日だ。何とか配分されるように頑張らなくては。
申請締め切りはこの11月末日。書類の作成はカトマンズでということになる。出張先での作成は忙しいが、忙しくてもこういう仕事には力が入る。                 彦

ネパール語 ものすご、簡単(11)   タクシー①
話しことばの形
目的地 +  ジャニー|
○○へ + 行きたいです。
パタン ジャニー|     ヒマラヤホテル ジャニー|
パタンへ行きたいです。  ヒマラヤホテルに行きたいです。
メータル チャラウヌス|  ヤハーン ロクヌス|
メーターを倒してください。 ここで  止めて下さい。
 ※目的地へついたら、メーターに出た数字のルピーを払って降りるだけ。
  今のカトマンズでは、タクシーにおける問題は殆ど無いし、聞かない。

2007年11月6日

ネパール、チトワンでのハスの花プロムナードの準備が始まった。

今日は、元教育長で今はハスの研究家、年令88歳、の家を訪ねた。
家の庭には、百数十鉢を数えるだろう鉢達にそれぞれ蓮の枯れた茎が2~3本ずつ残っていた。中には実(タネ)が飛び出して空になったうえに茶黒くなって倒れる寸前の花托が残っているものがあり、恰(あたか)も我に対して、冬を迎える寂しさを訴えられているようだ。この蜂の巣状の花托に果実が実ることからハチスとなり、更にハスという名になったと聞いている。
蓮の華は蓮華(レンゲ)と呼ばれる。冬が来れば春が来る。春の蓮の花は他の花と違う、一種神秘的で綺麗だ。
神秘的と言えば、今から1億4千年前にあったという蓮の花は極楽浄土の象徴、泥から生え気高く咲く花、まっすぐに大きく広がり水を弾(ハジ)く凛(りん」)とした葉の姿が、俗世の欲にまみれず清らかに生きることの象徴のようにとらえられてきた。
このイメージは仏教にも継承され、釈尊が蓮華の上で瞑想する絵が描かれ、蓮華を模(かたど)った台座に仏像を乗せている。さらに極楽浄土に往生し、同じ蓮花の上に生まれ変わって身を託すという考えから「一蓮托生」という言葉が生まれている。
中華料理のスープを飲むときのレンゲ(チリレンゲ)は蓮の花びらを模(かたど)ってある。しかし、水田の裏作に植えるレンゲ草と勘違いしている人が多い。
明治時代の童謡、「ヒーライタ、ヒーライタ、ナーンノハーナガヒーライタ、レンゲノハーナガヒーライタ、ヒーライタトオーモッタライーツノマーニカシーーボンダー」、このレンゲの花を田んぼや野原に咲くレンゲだといった幼稚園の先生がいた。それはレンゲ草で違うといったら「本当ですか?」と言われてしまった。その時から、幼稚園へ行ったり学校へ行った時に話してみる機会が増えたが、知らない先生が多過ぎる。
蓮の花は3度咲くという。蓮の花は夜明け頃開花し午前8時までには開花が終わり、その後お昼頃から萎(しぼ)みはじめ夕方には蕾(つぼみ)に戻ってしまう。蓮はこの開花と萎みのサイクルを3日間繰り返し、3日目の開花後に花びらが散る。知ってたかな?
古代中国で暑気払いとして親しまれ今に続く蓮酒の「象鼻杯(しょうびはい)」は、蓮の葉の表の中心から裏の空洞の茎に小さな穴をあけて酒を注ぎながら、茎を通して飲むもので、象の鼻に似ていることから名付けられたという。我も嗜(たしな)んだことがあるので、酒の場面の多い三国志を読みながら、この象鼻杯の話が出てこないかと期待したが出てこなかった。
訪問した先生の話では、国花となっているインドから種を持ってきて交配したと聞かされた。しかし、根が細くていくら増やしても3年ぐらいで駄目になってしまうともいっていた。
今の日本では530種以上が栽培されていて、中国などからの新種の輸入や、愛好家などによる交配種の育成などで年々その数は増えている。蓮は食用と観賞用に区別されているが明確では無く、食用は蓮根が太く地中深く潜らないように栽培・採根がしやすく改良されている。
小田原城の南側の堀に有る大賀蓮は2000年前の弥生時代の地層からタネを発見、再生させたもの。何故それほど古い種からと疑問が湧くが、蓮のタネの殻が硬くその仕組みが変わっていて、特別に永らえることができると聞いている。
今書いてきた、こんな「蓮の花プロムナード」、蓮の花咲く散歩道をネパールに作る計画がある。
アイウエオサークルは、ネパールの南、チトワンのギタナガルに45ヶ村、43校を対象とした大きな中央図書館を寄付した。図書館の裏側はギタナガル商店街。この地区の村おこしと図書館のイメージアップを兼ねて、図書館から続く蓮の花プロムナードを作る計画だ。
来年3月にはギタナガルに苗を持ち込みたく、今日はその打ち合わせと協力依頼と。3時間も話し込んでしまった。
先生は、庭崎だけでなく、田圃(タンボ)を蓮田に転換して多くの品種を作っている。春の手入れで芽が半分以上余るのを貰い受け、ネパールに送る。
我らが植えるのはあまり花の咲かない食用では無く、観賞用。             彦

ネパール語 ものすご、簡単(10)   数
0、スンニャ。
1、エク、   10、ダス、    100、エクセイ、  1000、エクハザル。
2、ドゥイ、  20、ビス、    200、ドゥイセイ。
3、チン、   30、ティス、   300、チンセイ。
4、チャール、40、チャーリス、400、チャールセイ。
5、パーンチ 50、パチャース、500、パーンチセイ。
6、チャ、   60、サーチ、   600、チャーセイ。
7、サートゥ、70、サッタリ、  700、サートゥセイ。
8、アートゥ、 80、アッシ、   800、アートゥセイ。
9、ノウ、   90、ナッベ、   900、ノウセイ。
※ 数字が分からないと不便、頭から繰り返し覚えてしまう。100の単位はエクセイ、1000の単位はハザル、  発音は日本語調、考えないで日本語調。

2007年11月5日

真央のスピンから発展、ネパールの教育の遅れが気に成った

日曜日、小田急線渋沢駅北口にある丹沢山塊トレッキング者の集まる食堂で外食した。
長い暖簾(のれん)を掻き分けて食堂に入ると、山を降りてきた人々がそれぞれのテーブルに固まりながら、一杯飲みながらの食事をしていた。
テレビが点いていたが不思議とどのテーブルもそれぞれ山の話で賑々(にぎにぎ)しく、テレビは無視されていた。
今日の放映は余りに宣伝が多く、見ていてうんざりする程にその時間も長い。我がテレビを見ない大きな理由の一つもここにあるが、今日は特に長い。
だから、この客達は、今登ってきた山の話の方が楽しいのだろうと一応納得したのだが、画面は、朝日TVでフィギュアスケート・グランプリシリーズ世界一決定戦2007第2戦・カナダ大会2日目の女子フリーを生中継している。
山の愛好者はスケートには興味が無いのかなとも思いながら麦酒(びーる)を飲みながらTVに見入った。
昨日の女子ショートプログラムの結果は新聞で知っていた。
当初からの優勝候補の二人、浅田真央がジャンプで両手を突くミスなどで3位に、中野友加里も3回転ルッツで転倒4位に終ったと。
真央は「初戦なので自分の中で不安もあった」と言い、しかし新聞は「鬼門の3回転のコンビネーションジャンプ」と書き、切ない顔で演技を続ける真央の大きなカラー写真を載(の)せていた。
TVが最後の二人を「残るは逆転優勝に賭ける真央と中野の二人---」と話した時だ、食堂の女将が大きな声で「真央が逆転優勝で中野が2位だって」と言い出した。
「なに! 何で知っている?」「昼間、最新の情報だってTVで言っていたよ」、何だお客さん達も皆知っていたんだ。だからTVを視ないで他の話で弾んでいたんだ。阿呆らしい!
一寸白けたが、我のTV観戦は堪能できた。
出遅れた真央、2日目の今日、ショートプログラムで最大の武器、トリプルアクセルを封印しながら1位となり、昨日との総合得点で逆転優勝、中野も唯(ただ)一人トリプルアクセルを決めて4位から総合得点で2位を勝ち取った。
何と昨日の3位と4位が、今日の頑張りで逆転優勝と2位への勝ち上がり、その気合の凄さ、驚いた。
真央のビールマン型の難度の高いスピンを見せられて思った。
宇宙の星は全て自転して回っている。
太陽は宇宙空間に漂っていたガスが集まってできた。全ての物質は引力を持っているから、そのおかげで集まったガスは中心に集まり小さく収縮しながら纏(まと)まっていく。物質は収縮するとわずかな回転でもそのエネルギーを保存するため星になる過程で自転運動が始まる。
フィギュアスケートのスピンも同じだ。
選手が腕を広げて回転している時のスピードはゆっくりだが、腕を体に引き寄せると回転スピードが上昇し、更に体を小さくまとめると選手の表情すら判(わか)らなくなるほどに高速になる。理由は腕を縮め、体を小さく纏めることで回転エネルギーが保存されるためだ。この読書週間で読んだばかり。
こんなことを考えていると、ネパールの理数科の遅れを思い出し、こういう例を取り込みながら教えればいいんだ、と考えた。
ネパールの政府校では補助教材が全く無く、実験室も無く、それでも政府共通の5年時と8年時に10年卒業時の試験対策に追われ、理科、科学をしっかり教えられる先生がいない。まだ大学も行かず教師の資格の無い先生がたくさんいるのがネパールの実態。街に出て、野山に出て、川に行き、現場で教えられたらと、理科室も欲しいなと、又々夢見たいな気持ちが膨らんできた。
ネパールの実態は日本の教育の遅れどころでは無い。先進国が更に進むための対策を練って行く。後進国の中に後発後進国と国連でいわれる国がある。正にその国ネパールでは、遅れすぎてその対策さえできずに益々(ますます)遅れ、先進国との差は開くばかり、同じ人間なのに非常に不公平だ。
その日本の教育対策に当たる以外の日本人の有志がネパールの教育を手伝ってくれたらネパールも最貧国から脱却できるのにと考えてしまった。                    彦

ネパール語 ものすご、簡単(9)   状態
話しことばの形
マライ +   物   + ラギョー|
私に   + ○○が + ついた。
マライ ポーク ラギョー。  私に 空腹が ついた。  (私はおなかが空きました。)
マライ ティルカ ラギョー。 私に 喉の渇きが  ついた。(私は喉が渇いています。)
マライ タカイ ラギョー。   私に 疲れが ついた。  (私は疲れました。)
マライ ニンドラ ラギョー。 私に 眠気 がついた。  (私は眠たいです。)
マライ ラージ ラギョー。  私に 恥ずかしさ がついた。(私は恥ずかしいです。)
マライ クシ ラギョー。    私に 喜び、幸せ がついた。(私は嬉しいです。)
マライ ラマイロ ラギョー。 私に 愉快 がついた。  (私は楽しいです。)
マライ ラムロ ラギョー。  私に 楽しさ がついた。 (私は楽しかったです。)
マライ リングタ ラギョー。 私に めまい がついた。 (私はめまいがしています。)
マライ ルガー ラギョー。  私に 風邪 がついた。  (私は風邪を引きました。)
マライ マルクヌ ラギョー。 私に 捻挫 がついた。  (私は捻挫しました。)
マライ ポーレン・アイラルジー ラギョー。
                 私に花粉症 がついた。  (私は花粉症です。)
ペト・ドゥクネ=腹痛、 タウコ・ドゥクネ=頭痛、 ダント・ドィクネ=歯痛、 ジャーダー=下痢

※ 生理現象、心や体の変化を ラギョー=ついた と表現する。
  ラギョー は体に何者かがまといつくことで、風邪に掛かるといった表現をする。
  つくものが主語で、つかれる側の私(マ)には ライ をつけて目的格となる。
                            山形洋一氏の「ネパール語」より

2007年11月4日

もう秋、ネパールの今年の秋はどんなだろう

今朝は車で事務所へ。
車内のゲイジパネルに示された室外温度が14度。
まだ「寒い!」とまではいかないが、窓外では天空の3分の1以上が規則正しく流れるウロコ雲。
子どもの頃、母が鰯(いわし)雲と言っていたのを思い出した。
この雲が出る頃に鰯が捕れ出すのだと教えたくれた。
母の「そろそろ鰯を売りに来る頃だよ」との声が響いて来た。
買った鰯をそのまま大きな擂鉢(すりばち)に入れ擂り粉木(すりこぎ)で擂り潰(つぶ)し、擂り身を作る。これは力と根気のいる仕事だったが我の仕事だった。直ぐに周りを汚してしまうが、必ず叱られた。
秋の雲、ウロコ雲から思い出すは母の叱り顔。
左右の山並みは、夏の深緑から黄緑の霧吹きを掛けられ、所々は薄茶に染まり出している。
家から5キロも走った寄木(やどろぎ)入口のT字路沿いにある、多分野生の柿だろうが、その殆どが香りを漂(ただよ)わせているような濃い橙色で光り、が、葉は既に紅葉してその大半を落としている。
柿の紅葉は早い。
秦野市に入って間も無く、左側の、道を作る時に山裾を少し切り取った名残(なごり)の、土で少々高くなっている庭からこちらに向ってその存在を主張している大きめのピラカンサスが、濃い赤色の実をたわわにして偉丈夫に頑張っている。
この名前は覚えやすいのか子どもの頃から知っていたようだ。
ピラカンサスは中国の絵や作り物に多く見られるが、中国原産のものはタチバナモドキといって橙色だ。
日本で多く見られるものは濃い赤で地中海近辺原産のもの、その特徴から「真っ赤な炎の刺」と、ギリシャ語のpiro(ピロ=炎)とacantha(アカンサ=刺)からピラカンサと命名したと知った。アメリカやヨーロッパでは生垣(いけがき)にしたりしているのを見たことがあり、春には小さな白い花が枝一杯に咲き、秋には火のような赤い実の塊が長い期間見られるので好まれているのかなーと思いしたことが頭を過(よ)ぎった。
この木にはその全てに、春の白い花にも、秋の燃えるような真っ赤な実にも、枝の刺にも、毒のある常緑樹だ。
実は苦くて毒も有り食えないが、野鳥は食す様で良く見かけるが、あまり餌の無いとき、毒に当たらないように少しずつゆっくりと食すのだとも聞いた。鳥もうっかり沢山食べると食中毒で死ぬことがあるようだ。
今日は日曜日で道路はガラガラ、普段事務所まで15分掛る所が10分ぐらいで付いてしまう。
スピードは速いが、久しぶりに秋を感じ、それが過ぎた昔を思い出した。
今週末にはネパールだ。ネパールの今年の秋はどんなだろう。
ネパールでは、来月末には今工事している学校舎の完成だ。完成式典と新校舎の贈呈式が待っている。これだけは何処の学校でも全住民の参加を土台に盛大に賑やかにやってもらってきた。もうその準備で先生や学生達、住民達等は忙しいだろう。
そうだ! まずネパールの秋の季節よりも、これら先生や子ども達、父兄達、住民達の喜び勇む顔を見るのが先か?  特に歌や踊り、その他発表会の準備に忙しい生徒達の様子を見たいなー。
カトマンズ飛行場に着いたらまず、事務所やホテルで無く、学校の建築現場と生徒たちが授業をしている仮校舎に行きたいなー。
きめた、きめた! そうしよう、そうしよう!            彦

ネパール語 ものすご、簡単(8)   あいさつ
ナマステ| はじめまして。おはようございます。こんにちは。こんばんは。
   ※ すべてナマステでOK、本当にすべてナマステでOK。これがネパール語で
     す。
   ※ 相手と会う時が初めての時は、ネパール語 ものすご、簡単(2)で習った
     ナマステ| メロ ナム ヒコ ホ|  タパインコ ナム ケ ホ ? と続け
     ればいい。ネパール語を知らないと思っていた相手はビックリするだろうね
   ※ 更に丁寧(ていねい)に、又は改(あらた)まって言うなら ナマスカール|

2007年11月3日

湘南支部立ち上げ準備と新理事の立候補、ネパール支援の強化に繋がる

一昨日、朝11時から、寒川町で昼食を囲んだ6人の小さな会合を持った。
目的1つは、湘南支部の立ち上げと綾瀬支部の立ち上げ。
2つ目は、新理事に立候補した二人の顔合わせ。
この違う中身を持った小さな会合をわいわいがやがやという場面も含めて2時頃まで続けた。
アイウエオサークルは寒川町では、町や国際交流協会に町立校の先生方、ライオンズやソロプチミスト、寒川神社に興全寺等の方々に大変お世話になってきた。
理由は4年間続けてネパールの少年少女約20人ずつを日本に招待してきたが、その度に寒川町でお世話になった。
交流会や学校との交流、ホームステイでの交流、町の施設見学や農家研修に工場見学での交流など、随分とお世話になった。今思うと寒川町には面倒見の良い方が多い。
そこに現在4人の会員がいるので、支部発足の話が出て1年、いよいよ旗上げの準備と成った。
会員が3人以上いれば支部を作ってよいことになっている。
そして、その寒川町に住むアイウエオサークルの会員が理事に立候補してきた。
寒川町の隣の綾瀬市に住む会員も理事に立候補してきた。
この綾瀬市の会員も支部を立ち上げる意向を持っていて、寒川町の支部立ち上げに対して、その成り行きや進め方を参考にしたいとの希望が出され、同席して一昨日の会合となった。
今、新年度の事業計画の作成が始まった。
その事業計画の中に、活動の拠点となる地域支部体制の強化や会員増強を手掛ける常任委員会などの新設を考え始めた。
組織基盤に対する危機感もあるが、近々にアイウエオサークルのアカウンタビリティーが纏(まと)まりそうだが、それを待って直ぐに時代のテーマに機動的、機能的に対応できる体制作りを進めたい。
財政の柱である会費が減れば人材強化もおぼつかない、そうなる前に会員増強を図り、サービスの質の低下を防ぐためにも裾野の拡大は急務だ。
今有る前向きのこの雰囲気を大切に、会員や関係者、理事とともに新たな貢献力を生み出す支部の設立、共創を旗印に進みたい。           彦

ネパール語 ものすご、簡単(7)   買い物
話しことばの形
ヤハーン +  物  + ベチェコ チャ?
ここに   + ○○は + 売っていますか?
ヤハーン サブン ベチェコ チャー?  ここに  石鹸は 売って いますか?
ヤハーン ピウンネ・パーニ ベチェコ チャー?  ここに ミネラルウオーターは 売っていますか?
※ ヤハーン○○○ベチェコ・チャ?ヤハーン○○○ベチェコ・チャ?と、繰り返し覚えてしまう。
  発音は日本語調、考えないで日本語調。

2007年11月2日

日本は野球王国、「野球を知らないネパールで少年野球を」は、夢で終わらしたくない

プロ野球、日本シリーズ第4戦。
一昨日31日は、中日が4-2で勝ち、3勝1敗で日本一に王手をかけた。
この日までの3試合連続で初回に先制、この勢いが昨日の勝利、日本一を予感させた。
殆どテレビを見ない我だが、巨人贔屓(ひいき)の我だが、なぜか昨日は帰宅途中、車の中でラジオを聞き、続いて家でもテレビを見た。
リーグ優勝しても再度その1位2位とで日本シリーズ出場権を争うクライマックスシリーズをセ・リーグ2位だった中日が5勝無敗で避け、日本シリーズに進出した。最近野球が面白くなってきている時の出来事だ。
日本シリーズは、第2戦から4連勝し、頂点から最も遠ざかっていた球団、中日が昨日第5戦を完全試合で突破して53年ぶりの日本一、これはこれでオメデトウ。
山井の完全試合か? 凄いことになるぞ!
援護は2回の中村の2塁打から発展した1点だけだったが、山井は直球と縦に鋭く曲がるスライダーをタイミング良く投げ分け、8回まで走者を一人も許さない無安打無走者の完璧な投球で大仕事をした。最後を飾れ!
えっ、交替。 何故? どうして? 落合監督は何を考えているんだ。
指に豆?
理由があった。大記録を残すか残さないかのこの大事なときに、そんなことで降ろすか、降りるか?
山井曰(いわ)く、『最後は岩瀬さんに投げて欲しくて、自分から変わるといいました』だって。
だけど、ドラマを消した恨みが残らないか?
日本シリーズ史上初の完全試合はならなかった。
それでも9回は岩瀬が3人で締める完全試合のリレーを演じてくれたから良かった。
巨人贔屓の我だが、昨夜は力が入ってしまった。
山井は爽(さわ)やかヒーローというところか。
ネパールで野球をやりたいなー。
またまたお願い。誰かネパールでネパールの少年たちに野球を教えてくれないか?
ボランティアでお願いしなければならないのが心苦しいが?
でも、何かのはっきりした目的を持って行動を始めると、ウキウキ・ワクワク・ドキドキで、何でもできる。本当に何でもできる。ネパール最初の少年野球の実現、凄いなー。
ネパールの子どもたちの夢中な挑戦顔が浮かぶ。
その段取りは我がする。
明日3日は、本部事務所のある秦野市の市民の日。
アイウエオサークルもコーナー出店で参加、元気に活動している所を市民に見てもらいたい。
このブログを読んでくれた方々も秦野市の運動公園の噴水まで来て欲しい。
そこで我も参加してのコーナー出店。
是非声を掛けて貰い、種々話したい。           彦

ネパール語 ものすご、簡単(6)

エスコ カティ?   エスコ カティ パルチャ?   ジャンマイコ カティ バヨー?
これはいくら?    これはいくらですか?      全部でいくらですか?
※ 同じいくらでも「エスコ カティ?」「カティ パルチャ?」「カテイ バヨ?」「カティ パイサ?」等幾つかのフレーズがあるが買い物時の意味は殆ど同じ。タクシーなどでは「カティー ラグチャ?」という。

2007年11月1日

植林(温暖化対策ー炭素固定)、27日受信メールへの返事

○○○社○○○様   メール有難うございました。
この3~4日は理事の入院や政府関係の行事などが重なり忙しく、直ぐ返事できず申し訳ありませんでした。
『 植林の件、弊社で協力できることはネットを使った集客です。 弊社がやるからには利益を追求するので、その枠組み(商流と収益性)のイメージで杉本さまとラフに合意しておく必要があると思います。
■杉本さま構想の具現化 ■役割分担   集客:弊社  』
上記、ご返事の件は当然なことと解釈しています。僕も『 別な団体を作ってでも進めたく思っています 』とも書きましたように、団体ではなく会社を作っても良いとも思っています。
どの位の仕事量になるかはよく分かりませんが、いずれにしても時流に乗せる気概とアイデア、実行力ではないでしょうか?どうぞよろしくお願いします。
僕としては京都議定書が発表された日から考えて来たものです。ニュースでは、政治的には動いているものの、大企業の一部は動いているものの、その動きはなかなか下まで降りては来ませんでした。最近になってやっと業界ごとの細かい炭素排出量の自主規制が始まりました。
ここに来てやっと動き出したかと感じ、僕も今腰を上げないと遅れてしまうぞとの考えでいます。
温暖化対策は、炭素排出規制と製作方法の転換、炭素の固定(=植林)の3つしかない中、植林のウエイトが高くなるは必定だと考えています。
炭素固定は、後進国での植林が鍵であり、そのための苗作りなどが考えられます。植林については、やっていくうちに他の炭素固定の方法もたくさん出てくると思います。今は、炭素の地中深部への投下や深海投下なども考えられているようですが、炭素固定率が飛躍的に高い花や木などが実験室でも考えられているようです。
これらを考えると、炭素固定事業と銘打って始めれば、またそれらへの事業転出も可能ではないでしょうか?いずれにしても、この数年間は、アンテナを張りながら、タイミングや事業化を考えてきました。僕は、この11日にネパール出張予定です。その前に貴方とじっくりと話したいと考えています。
貴方に、ホームページのヒット率アップについて、アイウエオサークル事務所で教えていただいたあの日から、何人かの人とこの話しをしましたが、全員が前向きでした。しかし誰とも一緒にできるというものでもありません。
僕自身は、ネパールでの植林や苗作りについては自信がある。1回の植林で1万本単位を植えてきた。活着率90%以上。そして、この植林はネパールのために成る。
今までの後進国では、植林が排出権として金になるとは考えていなかった。とすると新しい事業であり、それがその国の収入源として将来に大きく貢献する。アイウエオサークルの代表である僕としては実に嬉しい。それが日本国内で利益を生む。
企業との提携でより確かな形を模索しながら進め、利益が分かち合えるなら、アイウエオサークルにとっても総務費の資金元となり、明日のためにネパールに支援の再投資もできるので申し分の無い話。では、その事業への投資者集めは、というと自信が無い。そのためにはいろいろな側面で僕自身に不足していることが多いからです。誰に、どの企業にセールスするかというと、まだ雲をつかむ中、ホームページを使うのがベストでしょうが、そのホームページも作れば良いというものでもない。
そこいら辺の実践的知識、経験、技術が無いから、それらを持っている方と手を組まなければならない。アイデアにしても、僕よりいアイデアを持っている人がいたら、その人と手を組みたい。それが貴方でした。どうぞよろしくお願いします。
お話できる日の提案を待っています。文が長くなりました。悪しからず。
杉 本 清 彦 SUGIMOTO SUGAHIKO
                     彦

ネパール語 ものすご、簡単(5)

タルカリ・ダル・バート ディヌス|  カフィー チャ?     チヤー チャ?
タルカリ・ダル・バートを下さい。   コーヒーありますか?  チャーありますか?

※ レストランや食堂でのやりとり。
  タルカリ・ダル・バートはネパール唯一ともいえる定食。
  タルカリは野菜の煮物、ダルはご飯、バートは豆スープ。
  これにアチャール(おしんこ)があれば充分。
  ネパール全土、何処でも、金持ちもそうでない人も食べている。