カトマンズの日本語アカデミーセンターで、2009年8月22日(土)~9月26日(土)までの毎土曜日、09:00~11:00。全6回の「簡単な日本語の勉強」「日本の習慣について」「飛行場で注意すること」「日本国内で注意すること」、等の事前研修を受け、帰国後の報告書作成に関する役割分担を決め、9月30日に新聞記者1名を含む27人の一行は シンガポール航空でカトマンズ空港を出発(出国)、10月01日に東京成田空港07:50着で日本の土を踏んだ。蔑視拒み繋がり鑑み
日本での第1日目は、専用バスで東京見学をしながら首都高速から東名高速へと乗り継ぎ秦野市へ、秦野市表丹沢青少年センターに投宿、日本での約2週間の研修体験生活が始まった。
第2日目の10月02日、生憎(あいにく)の久し振りの大型台風の中であったが、箱根国立公園で7つの乗り物体験とその比較研究、更に箱根大涌谷でびしょ濡れになりながら火山での体験学習をした。
第3日目の10月03日にはアイウエオサークルが約3ヘクタールに渡る里山保存をしていることと絡めたシジュウカラ用の巣箱作りとその巣箱掛けを体験学習した。
第4日目の10月04日には秦野市内の農業集落地区でのさつまいも堀を通した農業体験と、秦野市の古墳ミュージアムで秦野市域での3000年前の生活と技術について勉強をした。
今日は第5日目の10月05日(月)のリポートだ。
不二家の菓子工場視察と秦野市堀西小学校、秦野市北中学校、秦野市北幼稚園を訪問。
参加者=ネパール人ツアー一行27人、杉本、宮本、大野、水澤、出島、吉井、の合計33人
目的=①昨日のさつまいも堀を通した農業体験に絡めた農産品加工の観点からの菓子工場視察
②ネパールの生徒から見た日本の中学校の運営と幼稚園の運営について視察
●天気は快晴、バスはきっかり10:00.不二家秦野工場に到着。工場内の制服に着替えた工場長以下10数人の従業員達が素晴らしい笑顔で出迎えてくれた。2階の会議室に入り、工場長自らの説明をいただき、工場提供の制服(帽子から靴まで全一式)に着替え、工場内へ。バイ菌や埃(ほこり)等の一切を工場内へ持ち込まないための掃除機の筒のような物での吸い取りから始まって、強風での埃等の振り落としや、手洗いに、消毒液での殺菌等と5段階の処理を済ませやっと工場内へ、その厳格な衛生対策に学生達は驚きと共に大きな興味を持ったようだ。工場内では、原料からの製造過程と完成品のパッケージ過程、不良品のチェック等にその機械化や過程のプロセスにアイディア、原料注入から完成するまでの流れに驚いていた。
会議室に戻り、制服を脱ぎ、質疑応答に入った。工場長は東京での会議に出発した後なので、副工場長が答えてくれたが、生徒達の質問が多岐に渡り、専門的なことも多かったため応答に詰まったり、職員達と相談しながら四苦八苦しながら答えていた。
「徹底してバイ菌やゴミ、埃等を工場内に持ち込まないということは法律で決められているのですか?」
「機械は日本製ですか?」ドイツ製との答えに、「どうして日本製ではないのですか?」
「この工場で作られている菓子類の原料は全部日本製ですか?」
「不二家はネパールで聞いたことがありませんが、ネパールにもありますか?」
「ネパールに工場を造る考えはありますか?」
「不二家のチョコレートで一番おいしいのはどれですか?」
「不二家の名前は人の名前ですか?」
「どうしてペコちゃんは生まれたのですか?」
「ペコちゃんには家族はいるのですか?」
「ペコちゃんの物語はありますか?」
●今日は秦野市内の小学校が昨日の雨で今日に延期となった運動会日和(びより)、急遽宮本リーダーのアイディアでと手配で秦野市立堀西小学校を訪問、昼過ぎの6年生全員参加の鼓笛隊演奏会に間に合い、本部席で見学させて貰った。運動場を所狭しと展開する100人の鼓笛隊に圧倒されたネパールの学生達は誰も口数無く真剣な顔で見入っていた。
「どの位の期間、練習しましたか?」
「練習はいつするのですか?」
「鼓笛隊は他の小学校にもありますか?」
●秦野市立北中学校生徒会との交流訪問。
学校長と教頭先生の見守る中、生徒会の役員8名が出席、学校長より歓迎のあいさつに続いて、生徒会長に学校の規模や特徴の説明を頂き、更に生徒会の目的に組織、現在取り組んでいる事業などの説明を受けた。
「生徒会の運営には先生は参加しないのですか?」
「空き缶収集をしているということですが、生徒会だけでやっているのですか?」
「クラブは自主運営だと教えてもらいましたが、学校や先生が作ったクラブを運営するのですか、それとも自分達で作って運営するのですか?」
「生徒会長は誰がどうやって選ぶのですか?」
「選挙で生徒会長が選ばれると教えてもらいましたが、先生達も投票するのですか?」
「委員会は幾つあって、何人が参加していますか?」
「たくさんの委員会がありますが、その生徒達の勉強はどうなっていますか?」
「生徒会は、これからどんなことをしようとしていますか?」
生徒会長では手に余る質問が多かったようで、ちらちらと校長や教頭先生の顔を見ながら立ち往生する場面があり、度々(たびたび)と教頭先生が助け船を出していた。
質疑応答の後、体育館に移動、クラブ活動の様子を見学した。丁度、合掌コンクール参加のため3年2組の生徒達が「旅立ちの日に」の合唱練習をしていたが、自主活動と聞いて「本当に日本の学生達は自主活動をやっているんですね」と、驚き納得した様子だった。
●秦野市北幼稚園で園児達の運動会用に練習しているお遊戯、4歳児の「ミッキーマウスマーチ」、5歳児の「よさこいソーラン節」の二題を見せてもらった。
園児達の元気なミッキーマウスの踊りに、更にソーラン踊りに驚き、ツアーメンバー達は「デレイ・ラムロ」(凄い、素晴らしい等の意)を連発していた。
米山園長先生から、二人の先生で教えていると聞いて、「たった二人ですか?」と驚いていた。
彦
2009年10月30日金曜日
2009年10月17日土曜日
ネパール人学生スタディーツアー・リポート3日目&4日目
10月03日(土)、巣箱作りと里山(アイウエオサークルの森)体験
参加者=ネパール人ツアー一行27人、杉本、宮本、吉井、の合計30人
目的=①秦野市野外活動センターでのシジューカラ用巣箱の作成とアイウエオサークルの森での巣箱掛けを実施、その後のアイウエオサークル内里山会のメンバー達との懇談会を通して、自然保護の考え方と参加について考える。
●策や雨が降ったようで外は濡れているが、天気は曇り。
●いつも通り、食事の準備・支度をし食事、後片付けをして出発、既に3日目、27人の大所帯であるにもかかわらず、その仕草はきびきびと早くもう手馴れたもの。
●08;30.投宿先の秦野市表丹沢野外センター出発。
●秦野市里山ふれあいセンターに到着、ジャスト09;00.
既に市の梶山インストラクターが準備をして待っていてくれた。
20人の学生全員がシジュウカラ用の巣箱作りに挑戦。先生と父兄は見学。
「今までに犬小屋や巣箱も作ったことがない、初めてだったのでちゃんとできるかどうか心配だったが、興奮し楽しかった。これなら家でもできると思うので帰国後トライしてみたい」
「木材を使ったことはないですが、プラスチックで箱を作ったことがあります。やはり何かを自分で作るのは楽しいです」
「木ではクリケット用のバットを作ったことがあります。鉛筆立ても作りましたが、この時は今日のように釘は使わずにボンドでやりました」
「巣箱は出来ましたが、本当にシジュウカラという鳥が使ってくれますか?」
「巣箱に自分の名前を書いたので、ネパールに帰ったらシジュウカラと言う鳥がこの箱の中で生活している夢を見そうです」
「シジュウカラは灰色で青っぽい翼をしていて頬が大きく白く、嘴の下から喉を通って胸から腹までに黒いネクタイを締めていると教えてもらいました。ネパールにもいるかどうか調べて、もしいたら同じように巣箱を作って観察してみます」
「シジュウカラという鳥は1日に250匹位の虫を食べると教えてもらいましたが、この鳥が増えると蝶等の昆虫がいなくなりませんか?」
「虫が少なくなると、シジュウカラは自然の掟で、その数が減ると教えてもらいましたが、今はどちらが多いいんですか?」
●巣箱完成後、センターより歩いて5分位のアイウエオサークルの森(約3ヘクタール)へ巣箱掛けに
12:30.森に到着
森ではアイウエオサークル里山の会のメンバー十数人が準備をして待っていてくれたが、我々が到着すると森の中から平床リーダー達がが飛んできて、「ストップ、山ビルが沢山いるので注意して!」と、塩水のスプレーを手に各自の足元に噴霧し出した。最近は雨が多いうえに台風接近による雨等で山ビルが繁殖、1~2ミリの生まれたばかりの子供から3センチ位の親まで、森の入口に立っただけで各自5~6匹もの山ビルが足元に取り付き必死に鎌首を擡(もた)げ振りながら上に上がろうとしていた。その数は震え上がるほどだった。
幸い取り付いた山ビルは血を吸うところまで行かず、恐る恐る手で取り、里山のメンバー達に噴霧してもらうこととなった。
「ネパールではズカと言いますが、日本の山ビルは小さいですね」
「山ビルが沢山いるので、体中が痒(かゆ)くなったきました」
●落ち着いた後、それぞれが木に取り付けるのではなく、里山メンバーが入口に一つだけ付けて見てもらい、後の19箱は、後日里山のメンバー達の手で取り付け、写真を撮ってネパールに送付することとなった。
「写真を忘れないで送ってください」
「どこいら辺に取り付けるのか教えてもらえますか?」
●投宿先のセンターに帰り、センター下のキャンプ場で、アイウエオサークル・ボランティア会のメンバー栗原、塩田、増田、曽我、の4人で作ってくれている味噌煮込みうどんで、アイウエオサークルの森・里山会のメンバー達(11人)と懇親会。13;20.~15;00.
「アイウエオサークルは里山保存もやっていると教えてもらいましたが、どんなことをしているのですか?それと何人で保存をしているのですか?」
「森には何種類の木が有りますか?」
「森にはどんな動物がいますか?」
「動物以外には、花とか昆虫など、どんな生き物が生息していますか?」
「水は有りますか?」
「間伐した木は何に使いますか?」
●センターに戻り、日本語の勉強と振り返り、その他打ち合わせ、15;30.~17;00.
夕食17;00.~18;00.野菜コロッケ定食、夕食賄いボランティアは、栗原、塩田、増田、蘇我の4名。
●夜半、21;00.頃、廊下が静かなのに気付き、出て見たが誰も居ずにシーンとしている。部屋を辿(たど)って見たら、端の部屋に集っているので開けて除いたら皆で勉強や打ち合わせをしていると言う。そこで、両手でそのままそのままと言う合図をし、そっと中に入り端に陣取って聞いてみた。本当に勉強のような打ち合わせをしている。この三日間で見たこと聞いたことを振り返り、どのように記録を残すか打合せをしている。19;00~やっていると言う。5年生や6年生も真剣に質問し目は輝いている。こっくりこっくりしている者は一人も居ない。3~4分で雰囲気は解ったので、暇(いとま)したが、何か凄い物を見せ付けられた思いが深く残った。翌日21:40.頃終わったと聞かされた。
彦
ネパール人学生ツアー・リポート4日目
10月04日(日)、農業体験学習(午前)と、秦野市の古代人について(午後)
参加者=ネパール人ツアー一行27人、杉本、宮本、大野、出島、の合計31人
目的=①秦野市大倉地区の農業視察を通しながら、山口斧助農場でのサツマイモ12株の収穫体験を通してネパールの農業とつなげて考える。
②秦野市の古墳公園で勉強し、古代~現代にどう繋がってきたかを考える。
●起床07:00.食卓及び食事の準備07:30~、食事08:00~、
出発準備09:00~、バス乗車出発09:30.
●移動中のバスの中で「今日の午前中は、サツマイモ(サッカルカンダ)堀りを通した日本の農業体験をします」との説明に
「ネパールにもサッカルカンダは有りますが、レディースフィンガー(オクラ)みたいに小さく、外も中も白いサッカルカンダしかありません。日本に来る前の研修で教えてもらった内容は、20センチ以上で私達の腕の太さ位いもあるとのことですが、何故、穴を掘らなければ隙間の無い土の中にそんなに大きな物ができるのでしょうか?」(5年生)
「日本のサッカルカンダは皮の色は赤く、中の色は黄色から橙色で非常に甘いといいます。ネパールのサッカルカンダは小さく、白くて甘くありません。食べてみたいのですが、今日、掘ったサッカルカンダは食べることができるでしょうか?、ネパールへ持って帰ることはできるでしょうか?」(7年生)
「日本にも白いサッカルカンダはあったと聞きました。大きくてごつごつしていて甘くなく、食べてもホクホク感が無く、市場からは30年以上前に姿を消し、今では豚の餌としてしか作られていないと聞きました。私達の食べているサッカルカンダは同じものですか?」(9年生)
「サッカルカンダ以外の野菜なども見ることができますか?」(7年生)
●次の説明で、「今日の午後は、秦野市古墳ミュージアムに行き、秦野市の基礎を作った古代人の生活を見る勉強をしますが、どのように考えていますか?」
「縄文時代といわれても初めて聞く話しで分かりません。ミュージアムへ行ってから見てみましょう」(7年生)
「縄文時代の歴史を証明する証拠が沢山掘り出されたと聞きましたが、ネパールでは聞いたことがありません、どうしてそんなに古いものが残っていたのか、どうして発見できたのか不思議です」(9年生)
●県立戸川公園の駐車場にバスを置き、農村風景の中を15分ほど歩き、その間に多種多様な農家の自家用野菜を見ながら山口斧助農場に到着。サツマイモ12株の両側にネパール人二人づつで24人が並び、芋掘りを開始、その後、場所をづらしサツマイモの大小と量のコンクールを実施。大小の差も、量差も非常に大きかったので沸(わ)きに沸いた。
山口さんからは大量の茹で落花生を頂き、ネパール人達も大分気に入った様で「美味しい!」の連発だった。
●昼からは、秦野市桜土手古墳公園(古墳ミュージアム)に行き、「古代人のいのり」と「古墳の造営」の映画を2本鑑賞、館内案内を受け、公園内に残る古墳と当時の物を再現した古墳館を見て回った。
「ネパールには墓はありませんが、日本の昔の人が墓を作り未来に残そうと考えたことは素晴らしいアイデアでした、お陰で遠い昔のことが良く解かりました」(8年生)
「3千年も前にあんなに大きな石を動かしたり持ち上げたりする技術があったのに驚いた。昔の日本を知ることができた。日本は今だけでなく昔から技術がすごかったことも解かりました」(9年生)
「古墳の入り口で祭をしたと聞いて、日本の歴史を習ったときの「天の岩戸」を思い出しました、作り話でなく、そういう土台があったと知って嬉しいです」(9年生)
●この古墳公園のベンチに座り昼食。内容はチキンカツ弁当。弁当屋に頼んだため、全員同一としたが、やはり、魚肉に卵も全く駄目だというベジタリアンが、「近くの店で、フライドポテトでいいから、買いたい」と言う。公園前の水無し川を横切って、セブンイレブンで買い物をした。日本の調味料には魚粉や肉の脂が含まれているため、フライドポテト以外に買うものはなく、それでも魚肉の出汁(だし)を使っていないということでイナリ寿司を見つけ買ってみた。
●夕食はクリームシチューに野菜サラダ、夕食賄いボランティアは渡辺、塩田、小松、中戸川の4名。
●この日も、ネパールの学生達は21:30.過ぎまで全員で勉強・振り返りをやっていた。
彦
参加者=ネパール人ツアー一行27人、杉本、宮本、吉井、の合計30人
目的=①秦野市野外活動センターでのシジューカラ用巣箱の作成とアイウエオサークルの森での巣箱掛けを実施、その後のアイウエオサークル内里山会のメンバー達との懇談会を通して、自然保護の考え方と参加について考える。
●策や雨が降ったようで外は濡れているが、天気は曇り。
●いつも通り、食事の準備・支度をし食事、後片付けをして出発、既に3日目、27人の大所帯であるにもかかわらず、その仕草はきびきびと早くもう手馴れたもの。
●08;30.投宿先の秦野市表丹沢野外センター出発。
●秦野市里山ふれあいセンターに到着、ジャスト09;00.
既に市の梶山インストラクターが準備をして待っていてくれた。
20人の学生全員がシジュウカラ用の巣箱作りに挑戦。先生と父兄は見学。
「今までに犬小屋や巣箱も作ったことがない、初めてだったのでちゃんとできるかどうか心配だったが、興奮し楽しかった。これなら家でもできると思うので帰国後トライしてみたい」
「木材を使ったことはないですが、プラスチックで箱を作ったことがあります。やはり何かを自分で作るのは楽しいです」
「木ではクリケット用のバットを作ったことがあります。鉛筆立ても作りましたが、この時は今日のように釘は使わずにボンドでやりました」
「巣箱は出来ましたが、本当にシジュウカラという鳥が使ってくれますか?」
「巣箱に自分の名前を書いたので、ネパールに帰ったらシジュウカラと言う鳥がこの箱の中で生活している夢を見そうです」
「シジュウカラは灰色で青っぽい翼をしていて頬が大きく白く、嘴の下から喉を通って胸から腹までに黒いネクタイを締めていると教えてもらいました。ネパールにもいるかどうか調べて、もしいたら同じように巣箱を作って観察してみます」
「シジュウカラという鳥は1日に250匹位の虫を食べると教えてもらいましたが、この鳥が増えると蝶等の昆虫がいなくなりませんか?」
「虫が少なくなると、シジュウカラは自然の掟で、その数が減ると教えてもらいましたが、今はどちらが多いいんですか?」
●巣箱完成後、センターより歩いて5分位のアイウエオサークルの森(約3ヘクタール)へ巣箱掛けに
12:30.森に到着
森ではアイウエオサークル里山の会のメンバー十数人が準備をして待っていてくれたが、我々が到着すると森の中から平床リーダー達がが飛んできて、「ストップ、山ビルが沢山いるので注意して!」と、塩水のスプレーを手に各自の足元に噴霧し出した。最近は雨が多いうえに台風接近による雨等で山ビルが繁殖、1~2ミリの生まれたばかりの子供から3センチ位の親まで、森の入口に立っただけで各自5~6匹もの山ビルが足元に取り付き必死に鎌首を擡(もた)げ振りながら上に上がろうとしていた。その数は震え上がるほどだった。
幸い取り付いた山ビルは血を吸うところまで行かず、恐る恐る手で取り、里山のメンバー達に噴霧してもらうこととなった。
「ネパールではズカと言いますが、日本の山ビルは小さいですね」
「山ビルが沢山いるので、体中が痒(かゆ)くなったきました」
●落ち着いた後、それぞれが木に取り付けるのではなく、里山メンバーが入口に一つだけ付けて見てもらい、後の19箱は、後日里山のメンバー達の手で取り付け、写真を撮ってネパールに送付することとなった。
「写真を忘れないで送ってください」
「どこいら辺に取り付けるのか教えてもらえますか?」
●投宿先のセンターに帰り、センター下のキャンプ場で、アイウエオサークル・ボランティア会のメンバー栗原、塩田、増田、曽我、の4人で作ってくれている味噌煮込みうどんで、アイウエオサークルの森・里山会のメンバー達(11人)と懇親会。13;20.~15;00.
「アイウエオサークルは里山保存もやっていると教えてもらいましたが、どんなことをしているのですか?それと何人で保存をしているのですか?」
「森には何種類の木が有りますか?」
「森にはどんな動物がいますか?」
「動物以外には、花とか昆虫など、どんな生き物が生息していますか?」
「水は有りますか?」
「間伐した木は何に使いますか?」
●センターに戻り、日本語の勉強と振り返り、その他打ち合わせ、15;30.~17;00.
夕食17;00.~18;00.野菜コロッケ定食、夕食賄いボランティアは、栗原、塩田、増田、蘇我の4名。
●夜半、21;00.頃、廊下が静かなのに気付き、出て見たが誰も居ずにシーンとしている。部屋を辿(たど)って見たら、端の部屋に集っているので開けて除いたら皆で勉強や打ち合わせをしていると言う。そこで、両手でそのままそのままと言う合図をし、そっと中に入り端に陣取って聞いてみた。本当に勉強のような打ち合わせをしている。この三日間で見たこと聞いたことを振り返り、どのように記録を残すか打合せをしている。19;00~やっていると言う。5年生や6年生も真剣に質問し目は輝いている。こっくりこっくりしている者は一人も居ない。3~4分で雰囲気は解ったので、暇(いとま)したが、何か凄い物を見せ付けられた思いが深く残った。翌日21:40.頃終わったと聞かされた。
彦
ネパール人学生ツアー・リポート4日目
10月04日(日)、農業体験学習(午前)と、秦野市の古代人について(午後)
参加者=ネパール人ツアー一行27人、杉本、宮本、大野、出島、の合計31人
目的=①秦野市大倉地区の農業視察を通しながら、山口斧助農場でのサツマイモ12株の収穫体験を通してネパールの農業とつなげて考える。
②秦野市の古墳公園で勉強し、古代~現代にどう繋がってきたかを考える。
●起床07:00.食卓及び食事の準備07:30~、食事08:00~、
出発準備09:00~、バス乗車出発09:30.
●移動中のバスの中で「今日の午前中は、サツマイモ(サッカルカンダ)堀りを通した日本の農業体験をします」との説明に
「ネパールにもサッカルカンダは有りますが、レディースフィンガー(オクラ)みたいに小さく、外も中も白いサッカルカンダしかありません。日本に来る前の研修で教えてもらった内容は、20センチ以上で私達の腕の太さ位いもあるとのことですが、何故、穴を掘らなければ隙間の無い土の中にそんなに大きな物ができるのでしょうか?」(5年生)
「日本のサッカルカンダは皮の色は赤く、中の色は黄色から橙色で非常に甘いといいます。ネパールのサッカルカンダは小さく、白くて甘くありません。食べてみたいのですが、今日、掘ったサッカルカンダは食べることができるでしょうか?、ネパールへ持って帰ることはできるでしょうか?」(7年生)
「日本にも白いサッカルカンダはあったと聞きました。大きくてごつごつしていて甘くなく、食べてもホクホク感が無く、市場からは30年以上前に姿を消し、今では豚の餌としてしか作られていないと聞きました。私達の食べているサッカルカンダは同じものですか?」(9年生)
「サッカルカンダ以外の野菜なども見ることができますか?」(7年生)
●次の説明で、「今日の午後は、秦野市古墳ミュージアムに行き、秦野市の基礎を作った古代人の生活を見る勉強をしますが、どのように考えていますか?」
「縄文時代といわれても初めて聞く話しで分かりません。ミュージアムへ行ってから見てみましょう」(7年生)
「縄文時代の歴史を証明する証拠が沢山掘り出されたと聞きましたが、ネパールでは聞いたことがありません、どうしてそんなに古いものが残っていたのか、どうして発見できたのか不思議です」(9年生)
●県立戸川公園の駐車場にバスを置き、農村風景の中を15分ほど歩き、その間に多種多様な農家の自家用野菜を見ながら山口斧助農場に到着。サツマイモ12株の両側にネパール人二人づつで24人が並び、芋掘りを開始、その後、場所をづらしサツマイモの大小と量のコンクールを実施。大小の差も、量差も非常に大きかったので沸(わ)きに沸いた。
山口さんからは大量の茹で落花生を頂き、ネパール人達も大分気に入った様で「美味しい!」の連発だった。
●昼からは、秦野市桜土手古墳公園(古墳ミュージアム)に行き、「古代人のいのり」と「古墳の造営」の映画を2本鑑賞、館内案内を受け、公園内に残る古墳と当時の物を再現した古墳館を見て回った。
「ネパールには墓はありませんが、日本の昔の人が墓を作り未来に残そうと考えたことは素晴らしいアイデアでした、お陰で遠い昔のことが良く解かりました」(8年生)
「3千年も前にあんなに大きな石を動かしたり持ち上げたりする技術があったのに驚いた。昔の日本を知ることができた。日本は今だけでなく昔から技術がすごかったことも解かりました」(9年生)
「古墳の入り口で祭をしたと聞いて、日本の歴史を習ったときの「天の岩戸」を思い出しました、作り話でなく、そういう土台があったと知って嬉しいです」(9年生)
●この古墳公園のベンチに座り昼食。内容はチキンカツ弁当。弁当屋に頼んだため、全員同一としたが、やはり、魚肉に卵も全く駄目だというベジタリアンが、「近くの店で、フライドポテトでいいから、買いたい」と言う。公園前の水無し川を横切って、セブンイレブンで買い物をした。日本の調味料には魚粉や肉の脂が含まれているため、フライドポテト以外に買うものはなく、それでも魚肉の出汁(だし)を使っていないということでイナリ寿司を見つけ買ってみた。
●夕食はクリームシチューに野菜サラダ、夕食賄いボランティアは渡辺、塩田、小松、中戸川の4名。
●この日も、ネパールの学生達は21:30.過ぎまで全員で勉強・振り返りをやっていた。
彦
2009年10月15日木曜日
ネパール人学生スタディーツアー・リポート2日目
10月02日、箱根国立公園へ
参加者=ネパール人学生5年生~9年生(日本の中学3年生)20人、その教師3人、その父兄2人、アイウエオサークル・カトマンズ事務所スタッフ1名、同行取材記者1名、日本人添乗2人、合計29人。
目的=7つの乗り物比較研究、ネパールの未来の乗り物について考える
①小田急普通電車・②箱根登山電車・③箱根ロープウエイ
④早雲山ケーブルカー・⑤箱根海賊船・⑥小田急箱根高速バス
⑦小田急ロマンスカー
●起床05:30.食事の準備・仕度06:00~、食事06:20~、後片付け06:40~
テーブルに椅子を揃える班と食事仕度の二班に分かれ、我とディニッシュ(カトマンズ事務所スタッフ)の二人の指示に従って、スーパーバイザーのマニッシュ(教師)とリーダーのサイマン(9年生)、サブリーダー(8年生)のアビセクを中心に、全員が真剣に軽快に進行、時間通り進んで行った。
食事は我を入れた28人全員が席について朝の軽い挨拶の後、全員唱和の「頂きます!」で始まり、朝食はマーガリンにジャム付き食パン、ヨーグルト、ゼリー、バナナ、ゆで卵、ジュース。
●秦野市表丹沢野外センター発07:00.
「お早う御座います、行ってきます!」
ネパール出発前の研修で覚えた日本語を、我々の支持なしでの全員で自然唱和。
●小田急渋沢駅まで吉井ボランティアにバスで送ってもらい、駅に入る。
降車時、大きい声での全員唱和の「有難う御座いました!」、少々照れ気味の運転手。
「エスカレーターは急いでいる人のために右端を空(あ)けて左端に乗るという考え方、他人のことまで考えることが出来る日本人の素晴らしい文化を体験しました」
●渋沢駅改札口近くで、2日間有効フリーパスを受取り一人ひとりが「有難う御座います!」
●改札口の通り方を教えてもらいホームへ。
「駅がどうなっているのか想像も付かなかったのでドキドキしていました」
「日本に来て驚いたのですが、外に人がいません。そしてベンディングマシーン(自動販売機)や自動改札機と機械化が完成していますが、働く人が足りないのですか?」
●小田原駅で降車、箱根湯本駅へ乗り継ぎ、駅二階の事務所内会議室で小田急箱根ホールディングの営業統括部チーフマネージャーの今井さんに箱根の乗り物についてレクチャーを受け、それぞれにシャーペン付きボールペンを記念に頂く。10:20.~11:30.
今井氏の挨拶と同時に「お願いします!」の元気な一斉(いっせい)唱和に、酷(ひど)く驚いて見せる今井氏。
「沢山の情報を頂き有難う御座いました。昨年は特に箱根ロープウエイが年間乗客数世界一でギネスに載ったと聞いて嬉しくなりました。でも2百万人を超える人数をどうやって数えたのですか?」
「海賊船はバーサ、ロワイヤル、ビクトリー、の3隻があって、そのモデルは全て軍艦だと知りましたが、この箱根国立公園は小田原から周遊するのに七つの異なる乗り物で20もの駅を乗り継ぎ、更に元箱根から箱根登山バスで25バス停を乗り継いで箱根湯本からロマンスカーに乗るというほどの広大で、温泉や別荘が多く、多くの国際会議が開かれる平和な観光地だと説明を受けましたが、何故観光船である海賊船のモデルが軍艦なのですか?」(7年生)
「シャーペン付きボールペンは始めて見ましたが、日本人は鉛筆も使うのですか? 日本は進んだ国ですからシャープペンシルは使わないと思っていました」(7年生)
「シャーペン付きボールペンは私にとってはとても便利な物です、貰うことができて嬉しいです。有難う御座いいました」(9年生)
●小田急電車(渋沢駅発08:00.)→箱根登山電車→箱根登山ケーブルカー→箱根ロープウエイ→箱根海賊船→箱根登山バス→小田急ロマンスカー(秦野駅着18:24.)と箱根周遊。
「スイッチバックで登っていく登山電車は山岳国家であるネパールにこそ欲しい交通機関です」(7年生)
「黒い牛は初めて見ました、みんなで写真を撮りたいのですがいいですか?」。彫刻の黒牛、大涌谷駅で。
「今日は台風で雨や風が非常に強いです。噴煙を見に行き地下から噴き上げる熱湯で茹でた黒卵を食べる予定でしたがどうしましょうか?」→「行きたい! 台風も経験です。連れていって下さい」(6年生)
「火山が生きていると言いましたが、いつ爆発するか判りますか?」(6年生)
「日本にはこのように生きている火山は沢山あるのですか?」(9年生)
「変わった強い臭いがしましたが、何故火山は臭うのですか?」(5年生)
「地下から噴出する噴煙は猛毒だと教えてくれましたが、その同じ地下から吹き出ている熱湯で卵を茹でても食べられるのですか? 何か食べられるように特別なことでもしているのですか?」(9年生)
「この黒卵は何の卵ですか?」(5年生)
「私達の歩いた所は店だけで家がありませんでしたが、個人の土地ですか?政府の土地ですか?」(6年生)
「強い風と横から吹き付けてくる雨で傘はつぶれ、びしょ濡れになりました。まるで映画の中にいるようで始めての台風の体験をしました。秦野では雨が普通に降っているだけでしたがなぜここではこんなに雨や風が暴れる様にひどいのでしょうか?」
「このつぶれた傘を捨てる所はありますか?」
●桃源台駅のヴューレストランで昼食、
ベジタリアン3人は野菜カツセット、残り全員がチキン照り焼きセット。美味しかったのか殆どが残さないで食べてくれた。
●台風の影響で最終便となった海賊船に乗船15:30.
雨が非常に強く、特に雲や霧足が早く目の前が何も見えなくなったと思うのもつかの間、一気に視界が開け驚かされる。このレストランからは停留している海賊船が見え隠れし、その出航のタイミングを窺(うかが)っている様子が、別世界にいると勘違いさせられる。
「楽しかったけど、説明で見えると言われた富士山やその他の景色が大雨や霧で全く見ることができなくてとても残念でした」(9年生)
「この芦ノ湖は凄く大きいのですが、湖ですか、それとも海ですか?」(6年生)
「湖が海のように大きかったことと、台風の強い風が吹いていたので飛ばされたり転覆するのではないかと思い、とても怖かった」(9年生)
「海賊船だったので本当の海賊が来たと思い恐ろしかったですが、偽者でほっとしました。彼が戻って来て写真代が千円だと言われ驚きました。写真屋が変装して船の中で撮って売るやり方は上手な面白いやり方です」(6年生)
「この湖では沢山の船が走っていますが、造船所が無いようですが、この船はどこで作ったのですか?」
●箱根登山バスで箱根湯本駅まで行き、ロマンスカーに乗車。
「帰りのバスでは、助手がいなくても運転手一人で頑張っていましたが、しっかりした運転手でした」(5年生)
「バス停に着く前に、運転手が放送で知らせていたのは親切で良かったです」(5年生)
「助手がいないのに運転手独りで十分でした。扉も一人で開け閉めでき、降りる人はボタンで知らせ、ディスプレイで運賃を知らせ、自動支払機でそれぞれが支払う。日本の交通システムは完璧です」(9年生)
「あのようなバスをネパールで使用すると助手が要らなくなりますから問題があります。しかし機械を入れれば人が要らなくなるのは当然で、それは前へ進むことですから、一人のことで止(や)めるのは可笑(おか)しなこと、ネパールも前に進むべきです」(7年生)
「ネパールではあのようなバスはストライキで導入できないでしょう、だから観光客用から始めたらどうですか?」(5年生)
「ロマンスカーに乗るのに何故別の切符をくれたのですか?フリーパスではなかったのですか?」(5年生)
18:24.小田急秦野駅到着。吉井ドライバーが迎えのバスを廃車、待っていてくれる。
乗車時、「有難う御座います!」の一斉唱和。
18:50.秦野市表丹沢野外センター、ポーチに入る。
19:00.夕食、野菜コロッケセット。
彦
参加者=ネパール人学生5年生~9年生(日本の中学3年生)20人、その教師3人、その父兄2人、アイウエオサークル・カトマンズ事務所スタッフ1名、同行取材記者1名、日本人添乗2人、合計29人。
目的=7つの乗り物比較研究、ネパールの未来の乗り物について考える
①小田急普通電車・②箱根登山電車・③箱根ロープウエイ
④早雲山ケーブルカー・⑤箱根海賊船・⑥小田急箱根高速バス
⑦小田急ロマンスカー
●起床05:30.食事の準備・仕度06:00~、食事06:20~、後片付け06:40~
テーブルに椅子を揃える班と食事仕度の二班に分かれ、我とディニッシュ(カトマンズ事務所スタッフ)の二人の指示に従って、スーパーバイザーのマニッシュ(教師)とリーダーのサイマン(9年生)、サブリーダー(8年生)のアビセクを中心に、全員が真剣に軽快に進行、時間通り進んで行った。
食事は我を入れた28人全員が席について朝の軽い挨拶の後、全員唱和の「頂きます!」で始まり、朝食はマーガリンにジャム付き食パン、ヨーグルト、ゼリー、バナナ、ゆで卵、ジュース。
●秦野市表丹沢野外センター発07:00.
「お早う御座います、行ってきます!」
ネパール出発前の研修で覚えた日本語を、我々の支持なしでの全員で自然唱和。
●小田急渋沢駅まで吉井ボランティアにバスで送ってもらい、駅に入る。
降車時、大きい声での全員唱和の「有難う御座いました!」、少々照れ気味の運転手。
「エスカレーターは急いでいる人のために右端を空(あ)けて左端に乗るという考え方、他人のことまで考えることが出来る日本人の素晴らしい文化を体験しました」
●渋沢駅改札口近くで、2日間有効フリーパスを受取り一人ひとりが「有難う御座います!」
●改札口の通り方を教えてもらいホームへ。
「駅がどうなっているのか想像も付かなかったのでドキドキしていました」
「日本に来て驚いたのですが、外に人がいません。そしてベンディングマシーン(自動販売機)や自動改札機と機械化が完成していますが、働く人が足りないのですか?」
●小田原駅で降車、箱根湯本駅へ乗り継ぎ、駅二階の事務所内会議室で小田急箱根ホールディングの営業統括部チーフマネージャーの今井さんに箱根の乗り物についてレクチャーを受け、それぞれにシャーペン付きボールペンを記念に頂く。10:20.~11:30.
今井氏の挨拶と同時に「お願いします!」の元気な一斉(いっせい)唱和に、酷(ひど)く驚いて見せる今井氏。
「沢山の情報を頂き有難う御座いました。昨年は特に箱根ロープウエイが年間乗客数世界一でギネスに載ったと聞いて嬉しくなりました。でも2百万人を超える人数をどうやって数えたのですか?」
「海賊船はバーサ、ロワイヤル、ビクトリー、の3隻があって、そのモデルは全て軍艦だと知りましたが、この箱根国立公園は小田原から周遊するのに七つの異なる乗り物で20もの駅を乗り継ぎ、更に元箱根から箱根登山バスで25バス停を乗り継いで箱根湯本からロマンスカーに乗るというほどの広大で、温泉や別荘が多く、多くの国際会議が開かれる平和な観光地だと説明を受けましたが、何故観光船である海賊船のモデルが軍艦なのですか?」(7年生)
「シャーペン付きボールペンは始めて見ましたが、日本人は鉛筆も使うのですか? 日本は進んだ国ですからシャープペンシルは使わないと思っていました」(7年生)
「シャーペン付きボールペンは私にとってはとても便利な物です、貰うことができて嬉しいです。有難う御座いいました」(9年生)
●小田急電車(渋沢駅発08:00.)→箱根登山電車→箱根登山ケーブルカー→箱根ロープウエイ→箱根海賊船→箱根登山バス→小田急ロマンスカー(秦野駅着18:24.)と箱根周遊。
「スイッチバックで登っていく登山電車は山岳国家であるネパールにこそ欲しい交通機関です」(7年生)
「黒い牛は初めて見ました、みんなで写真を撮りたいのですがいいですか?」。彫刻の黒牛、大涌谷駅で。
「今日は台風で雨や風が非常に強いです。噴煙を見に行き地下から噴き上げる熱湯で茹でた黒卵を食べる予定でしたがどうしましょうか?」→「行きたい! 台風も経験です。連れていって下さい」(6年生)
「火山が生きていると言いましたが、いつ爆発するか判りますか?」(6年生)
「日本にはこのように生きている火山は沢山あるのですか?」(9年生)
「変わった強い臭いがしましたが、何故火山は臭うのですか?」(5年生)
「地下から噴出する噴煙は猛毒だと教えてくれましたが、その同じ地下から吹き出ている熱湯で卵を茹でても食べられるのですか? 何か食べられるように特別なことでもしているのですか?」(9年生)
「この黒卵は何の卵ですか?」(5年生)
「私達の歩いた所は店だけで家がありませんでしたが、個人の土地ですか?政府の土地ですか?」(6年生)
「強い風と横から吹き付けてくる雨で傘はつぶれ、びしょ濡れになりました。まるで映画の中にいるようで始めての台風の体験をしました。秦野では雨が普通に降っているだけでしたがなぜここではこんなに雨や風が暴れる様にひどいのでしょうか?」
「このつぶれた傘を捨てる所はありますか?」
●桃源台駅のヴューレストランで昼食、
ベジタリアン3人は野菜カツセット、残り全員がチキン照り焼きセット。美味しかったのか殆どが残さないで食べてくれた。
●台風の影響で最終便となった海賊船に乗船15:30.
雨が非常に強く、特に雲や霧足が早く目の前が何も見えなくなったと思うのもつかの間、一気に視界が開け驚かされる。このレストランからは停留している海賊船が見え隠れし、その出航のタイミングを窺(うかが)っている様子が、別世界にいると勘違いさせられる。
「楽しかったけど、説明で見えると言われた富士山やその他の景色が大雨や霧で全く見ることができなくてとても残念でした」(9年生)
「この芦ノ湖は凄く大きいのですが、湖ですか、それとも海ですか?」(6年生)
「湖が海のように大きかったことと、台風の強い風が吹いていたので飛ばされたり転覆するのではないかと思い、とても怖かった」(9年生)
「海賊船だったので本当の海賊が来たと思い恐ろしかったですが、偽者でほっとしました。彼が戻って来て写真代が千円だと言われ驚きました。写真屋が変装して船の中で撮って売るやり方は上手な面白いやり方です」(6年生)
「この湖では沢山の船が走っていますが、造船所が無いようですが、この船はどこで作ったのですか?」
●箱根登山バスで箱根湯本駅まで行き、ロマンスカーに乗車。
「帰りのバスでは、助手がいなくても運転手一人で頑張っていましたが、しっかりした運転手でした」(5年生)
「バス停に着く前に、運転手が放送で知らせていたのは親切で良かったです」(5年生)
「助手がいないのに運転手独りで十分でした。扉も一人で開け閉めでき、降りる人はボタンで知らせ、ディスプレイで運賃を知らせ、自動支払機でそれぞれが支払う。日本の交通システムは完璧です」(9年生)
「あのようなバスをネパールで使用すると助手が要らなくなりますから問題があります。しかし機械を入れれば人が要らなくなるのは当然で、それは前へ進むことですから、一人のことで止(や)めるのは可笑(おか)しなこと、ネパールも前に進むべきです」(7年生)
「ネパールではあのようなバスはストライキで導入できないでしょう、だから観光客用から始めたらどうですか?」(5年生)
「ロマンスカーに乗るのに何故別の切符をくれたのですか?フリーパスではなかったのですか?」(5年生)
18:24.小田急秦野駅到着。吉井ドライバーが迎えのバスを廃車、待っていてくれる。
乗車時、「有難う御座います!」の一斉唱和。
18:50.秦野市表丹沢野外センター、ポーチに入る。
19:00.夕食、野菜コロッケセット。
彦
2009年10月14日水曜日
ネパール人学生日本招致・スタディーツアー、リポート
10月01日、リポート1.
4人、アイウエオサークル本部事務所前集合04:45.まだ深黒の夜空。夜明け前の空気は体を引き締める程度の温感で目が覚める。
この事業の統括リーダーの宮本、写真リポーターの出島、運転手は吉井、その補佐は我、の4人が全員アイウエオサークルの白とブルーの制服を纏(まとい)、定刻に集まった。
事務所より1メートルを超える大型のネパール国旗と旗棒を持ち出し、昨夕17:30.に原レンタカーより移動して置いたバスに乗り込み、05:00.ジャスト、ネパール人学生ツアー一行27人の出迎えのため成田空港に向けて出発。
我は、ネパール人一行がおやつにでもと、今朝40個の卵を茹でて持参。
ネパール人は半熟(温泉)卵は食べないので、35個を硬茹でに、5個を半熟に茹でた。
途中、07:00.に酒々井サービスエリアのレストランで朝食。08:00.成田空港内に入り、到着者出口前でネパール国旗を立てて陣取る。
この2~3日間は大型の雨と風を伴った台風が来るので注意が必要との天気予報でかまびすしいが、嵐の前の静けさの如く、風のない快晴、秋日和だ。
10月01日、リポート2.
出て来た。待つこと1時間10分、成田空港到着出口前09:30.
アイウエオサークルネパール人日本招致・スタディーツアーの一行27名。
05:00.に秦野の本部事務所を出発した我ら宮本リーダー、出島写真リポーター、吉井バスドライバー、杉本の4人は少々疲れたが、出てきた顔は頗(すこぶ)る元気だ。
彼らを発見するや否や、元気印の電流が流れた。
多くの人目を引く大きなネパール国旗の元、一行は空港ビルの外へ出て、待機場のバスの前で「はい、チーズ」。
事前研修で、「旅慣れた人は余分な荷物を持ち歩かない」、更に、「帰国時には一人15キログラム・10台のピアニカ運搬ボランティアがある」からと、「荷物は極力少なく」と指導していたが、学生達の荷物の多いこと、29人乗りのバスには乗り切れない。
写真を撮る処まではノーアイディアで、いい案は浮かばず一人思い倦(あぐ)ねていたが、閃(ひらめ)いた。
「皆さんが私達の言うことを聞いてくれずにこんなに沢山の荷物を持ってきてくれましたが、残念ながらどんなことをしてもこの車には載りません、そこで考えましたが、ここに荷物を捨てて行っても良いという人の荷物を置いていくことにしました。OKの人は手を上げてください」、「---」、「えっ、誰もいないのですか?」、「皆さんは私達の言うことを聞かずに、勝手なことをしたために困っているのですよ、それならここに荷物と一緒に残っても良いという人はいませんか?」、「---」、「それもいない、ではどうしたら良いでしょう?」、「トラックを持ってきて運んでもらったら良いと思います」(5年生)、「分かりました、ではそうしますので、預かったバッグは明日の朝皆さんに渡しますので、それまでバッグが無くても良いという人はここにバッグを置いて下さい」。
それまで驚いて困った顔をしていたツアーメンバー達はほっとしたのか和(なご)んだ顔になった。
更に促すと13個のバッゲージが前に押し出された。そのバッゲージを置いたまま全員に乗車してもらい、落ち着いたところで、「外にバッゲージを置いている人は車を降りて下さい」と指示、全員が狐に包まれたような顔つきをしているが、構わずに促して、荷物を引いてもらい、宅配受付所を目指し、今日から投宿する秦野市表丹沢野外活動センター宛で送った。幸いまだ朝早く本日夕方には配達してくれるという。痛かった予定外の19,500.円出費。
10月01日、リポート3.
東関道から首都高へ抜けて、都庁舎45F展望室へ11:30.着
初めて知った。都庁舎のことをメトロポリタン・ガバメント・オフィスと呼ぶことを。
途中、左側に聳(そび)えるデズニーランドのホテルに気付き「あれは何ですか?」、更に「道路に人がいないのは何故ですか?」、「日本にはオートバイは無いのですか?」、「道路上にカメラが沢山ありますが、私達を監視しているのですか?」と5,6,7,年生から質問が飛んだ。途中ETCの説明をしたら、ただ聞いているだけで反応が無かったので、次ぎの支払い所で再度説明、「聞いた時には良く分からなかったが見て分かりました、この交通システムはとても良いです」と7年生が答えた。
防音壁について説明すると「市民のために良く考えていますね」と8年生が答えた。
カメラと渋滞を知らせるサインボードの連携について説明すると5年生から「とてもいいシステムです」との返事。更に「カメラは違反者のためには使わないのですか?」との質問が出たので違反車取締りカメラもあると説明すると「違反者のために良いことです」と6年生に答えられてしまった。途中の背高のマンション群には、「あれらはニューデザインのアパートですね、布団や洗濯物が沢山干してあるから分かりますね」、随分前にマンションでは洗濯物をベランダで干してはいけないと決められた話を思い出したが、今日見る限りでは高級マンションと思えるビルに布団や洗濯物が賑々しく沢山干してある。この7年生の指摘には「嫌なことを言うな」の思いが横切った。と、こんな調子で新宿に向かった。
都庁舎1階では明日のオリンピック開催地決定に向けて祝いの舞台工事が行われていた。ポーチの扉を開けると正面に「オリンピック開催地決定まであと1日」のボードがあった。毎日カウントダウンしていたようだ。今日の大気は良く、45Fでの視界は良好、しかし、台風の影響で静岡県では曇っているのか富士山は見えなかった。
新宿パークビルを背に集合記念写真を撮った。「この写真は140メートルの上空から撮った写真のように見えませんか?見て下さい」と言って、デジタルカメラで見せてくる。
その後、バスで渋谷に向かい、左にパルコビルや丸井ビルを見ながら渋谷駅ガード下を通り、首都高から東名高速に乗り、海老名サービスエリヤで昼食。
全グループ27人の中に3人のベジタリアンがいる。二人は魚肉は駄目だが、卵はOK、一人は魚肉だけで無く卵も駄目、このサービスエリアでは食べ物無し。「パンはどうか?」と聞いたが、返事無し、やっと理解してもらいきつねうどんを頼んだ。今度は油揚げをひっくり返しひっくり返し顔を曇らせての神経質なチェック。「それはソヤ・ビーンズ(大豆)だ」と言ったら顔を綻(ほころ)ばせて食べ始めた。これは食べ物に苦労ずるぞとの予感。
10月01日、リポート4.
東名、中井・秦野インターチェンジを下りて、今日からの宿泊所、秦野市表丹沢野外活動センターに16:30.着
ここはかなり山の中にあるため、途中ツアー参加者達はどこへ行くのか心配だった様子。しかし、ぱっと急に現れた欧風調の総2階の大きなまだ新しい木造の建物を見たとたん顔色が変わったのが見て取れた。
最初に館内ツアー、そしてオリエンテーション(館内利用に関する説明)。布団の敷き方から仕舞い方、部屋や館内清掃の仕方、キッチンと食堂の使い方、トイレやシャワーの使い方、そして部屋割りに至って17:30.になっていた。18:00.から夕食だ。
リポート5.
16:30.秦野市表丹沢野外センター、ポーチに入る。
○靴そのまま廊下に入り込もうとする学生達を呼び止(とど)め、履き替えることを教える。
「研修で教えてもらいましたが、忘れていました、すみませんでした」
「研修の時は余り良く理解していませんでしたが、今気付いたことは、靴は外で使う物ですからスリッパに履き替えることは、外のばい菌やゴミが中に入らないから、とても良い習慣です」
○靴を履き替えた後に使用するよう、長机の上に消毒液が置いてある。
「この方法は健康のために良いことです」
「手は水で洗うものと思っていましたが、消毒液を手に擦り合わせるだけで良いのは簡単で素晴らしい発想です」
○館内使用に関するオリエンテーションと館内ツアー
「日本には掃除をする人はいないのですか?」
「自分で布団を敷かなければいけない事は解りました、質問ですが、日本にはベッドは無いのですか?」
「水道の水が山の水だというのはネパールと同じですが、この水は消毒してあるが飲み水としては余り勧められないと言いました、ネパールでは山の水は綺麗なので消毒しませんが、日本の山の水は汚いのですか?」
○初日なので夕食の準備がしてあり、夕食後それぞれが使った食器類は自分で片付けることに、更に食事用に準備した折り畳みの長机と椅子は全員の協力で片付けるとなった時、
「自分達で使った物を自分で片付けるという考え方は面白いです、僕はネパールに帰ったらやってみようと思います」
「椅子や机が折畳み式になっているのに驚きました、片付けた時に重ねられるので場所を取らないという発想ができなければ日本のように発展しないのだと気付きました」
彦
4人、アイウエオサークル本部事務所前集合04:45.まだ深黒の夜空。夜明け前の空気は体を引き締める程度の温感で目が覚める。
この事業の統括リーダーの宮本、写真リポーターの出島、運転手は吉井、その補佐は我、の4人が全員アイウエオサークルの白とブルーの制服を纏(まとい)、定刻に集まった。
事務所より1メートルを超える大型のネパール国旗と旗棒を持ち出し、昨夕17:30.に原レンタカーより移動して置いたバスに乗り込み、05:00.ジャスト、ネパール人学生ツアー一行27人の出迎えのため成田空港に向けて出発。
我は、ネパール人一行がおやつにでもと、今朝40個の卵を茹でて持参。
ネパール人は半熟(温泉)卵は食べないので、35個を硬茹でに、5個を半熟に茹でた。
途中、07:00.に酒々井サービスエリアのレストランで朝食。08:00.成田空港内に入り、到着者出口前でネパール国旗を立てて陣取る。
この2~3日間は大型の雨と風を伴った台風が来るので注意が必要との天気予報でかまびすしいが、嵐の前の静けさの如く、風のない快晴、秋日和だ。
10月01日、リポート2.
出て来た。待つこと1時間10分、成田空港到着出口前09:30.
アイウエオサークルネパール人日本招致・スタディーツアーの一行27名。
05:00.に秦野の本部事務所を出発した我ら宮本リーダー、出島写真リポーター、吉井バスドライバー、杉本の4人は少々疲れたが、出てきた顔は頗(すこぶ)る元気だ。
彼らを発見するや否や、元気印の電流が流れた。
多くの人目を引く大きなネパール国旗の元、一行は空港ビルの外へ出て、待機場のバスの前で「はい、チーズ」。
事前研修で、「旅慣れた人は余分な荷物を持ち歩かない」、更に、「帰国時には一人15キログラム・10台のピアニカ運搬ボランティアがある」からと、「荷物は極力少なく」と指導していたが、学生達の荷物の多いこと、29人乗りのバスには乗り切れない。
写真を撮る処まではノーアイディアで、いい案は浮かばず一人思い倦(あぐ)ねていたが、閃(ひらめ)いた。
「皆さんが私達の言うことを聞いてくれずにこんなに沢山の荷物を持ってきてくれましたが、残念ながらどんなことをしてもこの車には載りません、そこで考えましたが、ここに荷物を捨てて行っても良いという人の荷物を置いていくことにしました。OKの人は手を上げてください」、「---」、「えっ、誰もいないのですか?」、「皆さんは私達の言うことを聞かずに、勝手なことをしたために困っているのですよ、それならここに荷物と一緒に残っても良いという人はいませんか?」、「---」、「それもいない、ではどうしたら良いでしょう?」、「トラックを持ってきて運んでもらったら良いと思います」(5年生)、「分かりました、ではそうしますので、預かったバッグは明日の朝皆さんに渡しますので、それまでバッグが無くても良いという人はここにバッグを置いて下さい」。
それまで驚いて困った顔をしていたツアーメンバー達はほっとしたのか和(なご)んだ顔になった。
更に促すと13個のバッゲージが前に押し出された。そのバッゲージを置いたまま全員に乗車してもらい、落ち着いたところで、「外にバッゲージを置いている人は車を降りて下さい」と指示、全員が狐に包まれたような顔つきをしているが、構わずに促して、荷物を引いてもらい、宅配受付所を目指し、今日から投宿する秦野市表丹沢野外活動センター宛で送った。幸いまだ朝早く本日夕方には配達してくれるという。痛かった予定外の19,500.円出費。
10月01日、リポート3.
東関道から首都高へ抜けて、都庁舎45F展望室へ11:30.着
初めて知った。都庁舎のことをメトロポリタン・ガバメント・オフィスと呼ぶことを。
途中、左側に聳(そび)えるデズニーランドのホテルに気付き「あれは何ですか?」、更に「道路に人がいないのは何故ですか?」、「日本にはオートバイは無いのですか?」、「道路上にカメラが沢山ありますが、私達を監視しているのですか?」と5,6,7,年生から質問が飛んだ。途中ETCの説明をしたら、ただ聞いているだけで反応が無かったので、次ぎの支払い所で再度説明、「聞いた時には良く分からなかったが見て分かりました、この交通システムはとても良いです」と7年生が答えた。
防音壁について説明すると「市民のために良く考えていますね」と8年生が答えた。
カメラと渋滞を知らせるサインボードの連携について説明すると5年生から「とてもいいシステムです」との返事。更に「カメラは違反者のためには使わないのですか?」との質問が出たので違反車取締りカメラもあると説明すると「違反者のために良いことです」と6年生に答えられてしまった。途中の背高のマンション群には、「あれらはニューデザインのアパートですね、布団や洗濯物が沢山干してあるから分かりますね」、随分前にマンションでは洗濯物をベランダで干してはいけないと決められた話を思い出したが、今日見る限りでは高級マンションと思えるビルに布団や洗濯物が賑々しく沢山干してある。この7年生の指摘には「嫌なことを言うな」の思いが横切った。と、こんな調子で新宿に向かった。
都庁舎1階では明日のオリンピック開催地決定に向けて祝いの舞台工事が行われていた。ポーチの扉を開けると正面に「オリンピック開催地決定まであと1日」のボードがあった。毎日カウントダウンしていたようだ。今日の大気は良く、45Fでの視界は良好、しかし、台風の影響で静岡県では曇っているのか富士山は見えなかった。
新宿パークビルを背に集合記念写真を撮った。「この写真は140メートルの上空から撮った写真のように見えませんか?見て下さい」と言って、デジタルカメラで見せてくる。
その後、バスで渋谷に向かい、左にパルコビルや丸井ビルを見ながら渋谷駅ガード下を通り、首都高から東名高速に乗り、海老名サービスエリヤで昼食。
全グループ27人の中に3人のベジタリアンがいる。二人は魚肉は駄目だが、卵はOK、一人は魚肉だけで無く卵も駄目、このサービスエリアでは食べ物無し。「パンはどうか?」と聞いたが、返事無し、やっと理解してもらいきつねうどんを頼んだ。今度は油揚げをひっくり返しひっくり返し顔を曇らせての神経質なチェック。「それはソヤ・ビーンズ(大豆)だ」と言ったら顔を綻(ほころ)ばせて食べ始めた。これは食べ物に苦労ずるぞとの予感。
10月01日、リポート4.
東名、中井・秦野インターチェンジを下りて、今日からの宿泊所、秦野市表丹沢野外活動センターに16:30.着
ここはかなり山の中にあるため、途中ツアー参加者達はどこへ行くのか心配だった様子。しかし、ぱっと急に現れた欧風調の総2階の大きなまだ新しい木造の建物を見たとたん顔色が変わったのが見て取れた。
最初に館内ツアー、そしてオリエンテーション(館内利用に関する説明)。布団の敷き方から仕舞い方、部屋や館内清掃の仕方、キッチンと食堂の使い方、トイレやシャワーの使い方、そして部屋割りに至って17:30.になっていた。18:00.から夕食だ。
リポート5.
16:30.秦野市表丹沢野外センター、ポーチに入る。
○靴そのまま廊下に入り込もうとする学生達を呼び止(とど)め、履き替えることを教える。
「研修で教えてもらいましたが、忘れていました、すみませんでした」
「研修の時は余り良く理解していませんでしたが、今気付いたことは、靴は外で使う物ですからスリッパに履き替えることは、外のばい菌やゴミが中に入らないから、とても良い習慣です」
○靴を履き替えた後に使用するよう、長机の上に消毒液が置いてある。
「この方法は健康のために良いことです」
「手は水で洗うものと思っていましたが、消毒液を手に擦り合わせるだけで良いのは簡単で素晴らしい発想です」
○館内使用に関するオリエンテーションと館内ツアー
「日本には掃除をする人はいないのですか?」
「自分で布団を敷かなければいけない事は解りました、質問ですが、日本にはベッドは無いのですか?」
「水道の水が山の水だというのはネパールと同じですが、この水は消毒してあるが飲み水としては余り勧められないと言いました、ネパールでは山の水は綺麗なので消毒しませんが、日本の山の水は汚いのですか?」
○初日なので夕食の準備がしてあり、夕食後それぞれが使った食器類は自分で片付けることに、更に食事用に準備した折り畳みの長机と椅子は全員の協力で片付けるとなった時、
「自分達で使った物を自分で片付けるという考え方は面白いです、僕はネパールに帰ったらやってみようと思います」
「椅子や机が折畳み式になっているのに驚きました、片付けた時に重ねられるので場所を取らないという発想ができなければ日本のように発展しないのだと気付きました」
彦
2009年9月30日水曜日
2009年9月29日火曜日
昨日の続き ネパール政府はつまらないことで立ち往生しないで欲しい
今朝ソウルで成田行きの飛行機に乗った。昨日から頭の中は銀行でのルピー札不足による現金引き下ろし拒否の件ばかり。12時に成田につき、1時15分発の相模大野行きバスに乗ったが、バスの中でもやはり頭の中はその件でいっぱいだ。ダサイン(日本の正月のようなもの)が開けたら(10月2日以降)、下手をすると暴動でも起きるのではないか? と、心配になる。今でも、絶え間なくバンダ(暴力的ゼネスト)が起きている。
事件の発端は、、フランスで印刷しているルピー札の印刷ミスだというが、そのためにルピー札の供給がストップ、市中からルピー札が消えたからだと伝えられた。
ネパールは王様奉還で大統領制になり、王国ではなくなった。そのため、紙幣からも王様の顔がなくなり、デザインはエベレストに変わった。王様の顔が印刷された紙幣は大挙を持って回収中だという。そのため新紙幣の供給を急いでいたらしい。と、聞くと、こんな事態に発展することもあるのかとも思えてくるが。
ネパールは10年を超える内戦に、王様の引退で終止符を打ったばかり、それはあらゆる政策が、国民の多くが農業でしか生きていけない中で、特に農業政策のこと如くが失敗に終わった事実に、政府が信用できず、自分の親族を含めたファミリーの生活中心に追い込まれていく過程で、国を変えなければいけないという火種があちこちでくすぶり始め、その小さな波が、ある時、一寸したことで(王子による国王暗殺)急に燃え盛った結果、王制打倒となった。
今は王制奉還という一つの結果が出た中での様子見、この国ではいつ何かがあるか分からない状態。その最中に国中から、街じゅうからルピーが消えるなどと言うことがあるのかが信じられない。
国を挙げての困難に立ち向かうには、あらゆる複数の対策が組み合わされた周到な準備が必要であろうと思うのだが。そのための情報提供もなく、新聞は起きた事実以外殆ど何も書いていない。
今回のルピー札不足も、国民にその中身が知らされず、何れも準備不足で、その対策も新聞には書かれていなかった。早くルピー札供給の体制を整えて国民に知らせ、今後の混乱回避を明示して欲しい。
この事件が、ダサイン開けに、またまた以前にも増して国を揺るがす大混乱に発展するのではないかと、テロリストであるマオイスト復帰ですら考えられるのではないかと、深く憂慮している。もうこれ以上の混乱は起きないで欲しい。ゆっくりでいいから、早くネパールという国の、ネパール人の幸せを探す夢と希望のある道程に入って欲しい。それを応援するためにアイウエオサークルは設立されたのだ。
あさって、10月1日には、アイウエオサークル主催招致事業、スタディーツアーのネパールの学生一行26人が成田に到着する。彼らは、日本での2週間の勉強に大きく胸を膨らませている。こちらもそのつもりで準備万端だが、彼等は7,8,9年生。日本でいう中学生、今のネパールをどう受け止めているのか? 彦
事件の発端は、、フランスで印刷しているルピー札の印刷ミスだというが、そのためにルピー札の供給がストップ、市中からルピー札が消えたからだと伝えられた。
ネパールは王様奉還で大統領制になり、王国ではなくなった。そのため、紙幣からも王様の顔がなくなり、デザインはエベレストに変わった。王様の顔が印刷された紙幣は大挙を持って回収中だという。そのため新紙幣の供給を急いでいたらしい。と、聞くと、こんな事態に発展することもあるのかとも思えてくるが。
ネパールは10年を超える内戦に、王様の引退で終止符を打ったばかり、それはあらゆる政策が、国民の多くが農業でしか生きていけない中で、特に農業政策のこと如くが失敗に終わった事実に、政府が信用できず、自分の親族を含めたファミリーの生活中心に追い込まれていく過程で、国を変えなければいけないという火種があちこちでくすぶり始め、その小さな波が、ある時、一寸したことで(王子による国王暗殺)急に燃え盛った結果、王制打倒となった。
今は王制奉還という一つの結果が出た中での様子見、この国ではいつ何かがあるか分からない状態。その最中に国中から、街じゅうからルピーが消えるなどと言うことがあるのかが信じられない。
国を挙げての困難に立ち向かうには、あらゆる複数の対策が組み合わされた周到な準備が必要であろうと思うのだが。そのための情報提供もなく、新聞は起きた事実以外殆ど何も書いていない。
今回のルピー札不足も、国民にその中身が知らされず、何れも準備不足で、その対策も新聞には書かれていなかった。早くルピー札供給の体制を整えて国民に知らせ、今後の混乱回避を明示して欲しい。
この事件が、ダサイン開けに、またまた以前にも増して国を揺るがす大混乱に発展するのではないかと、テロリストであるマオイスト復帰ですら考えられるのではないかと、深く憂慮している。もうこれ以上の混乱は起きないで欲しい。ゆっくりでいいから、早くネパールという国の、ネパール人の幸せを探す夢と希望のある道程に入って欲しい。それを応援するためにアイウエオサークルは設立されたのだ。
あさって、10月1日には、アイウエオサークル主催招致事業、スタディーツアーのネパールの学生一行26人が成田に到着する。彼らは、日本での2週間の勉強に大きく胸を膨らませている。こちらもそのつもりで準備万端だが、彼等は7,8,9年生。日本でいう中学生、今のネパールをどう受け止めているのか? 彦
2009年9月28日月曜日
銀行引出しが出来ない、支払いが出来なくて混乱 早く解決して欲しい
9月24日(木)に秦野を発って成田から25日(金)の12:20にカトマンズに到着、まず迎えの車で日本大使館に向かった。ネパールニュース日本語版で得ていた情報では9月29日~10月04日までがダサイン休暇だったが、現地について25日~10月1日までが休みと知り、それでは仕事ができないではないかと、がっくりきた。今回は危急の用事を済ませたら28日の飛行機で帰国の超短期出張だ。それでも松本領事と会い、ネパール人学生日本招致スタディーツアー一行27人のビザは全員OKを貰い、危急の案件の一つが済んで一安心。領事との今後の協力関係についての話も弾み、まずまずは一安心。
飛行場からの車中で聞かされた、ネパールでは銀行での引き出しができなくなっているという話に驚き、早速、取引銀行の幹部と便宜を図ってもらうように連絡を取るよう指示して大使館で降りた。大使館での仕事が終われば、銀行の件が心配だ。
銀行は今日の12時までで、こちらの希望額は政府の許可を得なければならないという、応対に当たった幹部は、「本当に申し訳ない」と、「杉本さんによろしく伝えてくれ、10月2日にはオープンするので、その時にできるだけの便宜を図る」、という返事だった。
スタッフの話では、「ネパールルピーはフランスで印刷しているが、印刷ミスで札の供給がストップしてしまっているからこうなった」という。そんな馬鹿げた話しがあるのか?
スタッフ達もこういう事態を知ったのは今朝だと言う。驚き、何らかの形でニュースが流れていたろうと詰めたが、そんなことを言っても始まらないことに気付き、家賃や給与、その他毎月の経費をどうするかに頭を切り替えたが、銀行で資金を下ろすことができなくては何もできない、困った。
ACAのカトマンズでの資金は全て銀行に入れ、そこから必要に応じて小切手で下ろしている。ネパールでは、普通預金の出し入れで、出す時は小切手を切ることになる。それには口座開設者のサインが必要で、アイウエオサークルの開設者は我で、事前にサインして置くと事故に繋がるということで、我が現地滞在している時にその処理を済ますようにしてあるが、今回も我のカトマンズ入りに合わせて、支払いが待っている。支払いを予定してカトマンズ入りしているから、今回の事態に対処する準備は何もできていない。分かっていたら何らかの準備をして対処するのだが、何もしていない。仮にしてあっても、その現金を何処に保管するのか?色々と問題がある。
日本の正月と同じでネパール最大のお祭りダサイン、この期間の挨拶は「ダサインおめでとうございます」、1年で一番大きな金が動くこのダサインで国民に金を使わせないための貧乏政府の策略ではないのか? 最近は食糧の多くをインドから輸入し、ダサインには欠かせないヤギもインドから大量に輸入しなければ需要を満たせなくなっている。問題が大きくなった時にはダサイン入りの長期休息日で沈静化、それが終わった時点でフランスのせいにして、謝って国民を鎮静化させようとの魂胆ではないのか? と疑っているのだが、今までにネパールの政治の稚拙なところを、ネパール政府のそういうところを多々見せられてきたから。
遡(さかのぼ)って1週間分の新聞を集めさせて、実態を調べさせた。はっきりしないが、やはり新聞には記事があった。新聞を信じるとしたら、フランスからのルピー札の供給が途切れていたことは事実だったが、ネパール中の銀行のこの1週間はネパールルピーが不足してインド通貨で支払っていたという、それも上限を3,500ルピーに制限し、最近は2,00ルピーまで下げ、ATMの機械はストップされていたようだ。銀行に下ろしに来ても一銭も下ろしてもらえず諦めて帰る人々が大半だとも伝えている。政府関係者や中央銀行幹部らは21日から緊急会議を毎日開いていたようだが、企業家や商人はお手上げで、多くの企業がつぶれると騒いでいる。特に商工会議所と銀行の喧嘩状態のやり取りが報道されていたが、中央銀行が大量のインド紙幣の買いに走っている様子も書かれ、このままではインド政府も大きな問題に発展し困るのではないか? 特にインドとの通商関係は50年前のままで、ネパールの希望する改定は全く相手にされない状態で、またまたインドからの強い圧力が想定される。会う人会う人が嘆いている。「ダサインで買い物が必要なのに何も買えない」「ダサインどころではない、支払いができないから相手が困っている」、こんな話ばかり。
今年の街中は、この16年間見てきたダサインとは違い、あまりに静かだ。人が歩いていない、車が無い、今までより店の数が少ない。街中の空気が久し振りに綺麗で新鮮に感じられたのが嬉しかったが、やはり1週間以上も銀行の出し入れがストップしたからか。それにしてもネパール人はおとなしい。素直に質素なダサインを過ごしているのが分かる。テロリスト・マオイストの件が嘘みたいだ。
我はできないものはできないで気持ちを入れ替えて対策を練るだけ、それにしても銀行に金がありながらの資金ショートは困った。今はもう時間が無い、再度、日本に来る27人に関する怠りないチェックをして、カトマンズ空港へ。 彦
飛行場からの車中で聞かされた、ネパールでは銀行での引き出しができなくなっているという話に驚き、早速、取引銀行の幹部と便宜を図ってもらうように連絡を取るよう指示して大使館で降りた。大使館での仕事が終われば、銀行の件が心配だ。
銀行は今日の12時までで、こちらの希望額は政府の許可を得なければならないという、応対に当たった幹部は、「本当に申し訳ない」と、「杉本さんによろしく伝えてくれ、10月2日にはオープンするので、その時にできるだけの便宜を図る」、という返事だった。
スタッフの話では、「ネパールルピーはフランスで印刷しているが、印刷ミスで札の供給がストップしてしまっているからこうなった」という。そんな馬鹿げた話しがあるのか?
スタッフ達もこういう事態を知ったのは今朝だと言う。驚き、何らかの形でニュースが流れていたろうと詰めたが、そんなことを言っても始まらないことに気付き、家賃や給与、その他毎月の経費をどうするかに頭を切り替えたが、銀行で資金を下ろすことができなくては何もできない、困った。
ACAのカトマンズでの資金は全て銀行に入れ、そこから必要に応じて小切手で下ろしている。ネパールでは、普通預金の出し入れで、出す時は小切手を切ることになる。それには口座開設者のサインが必要で、アイウエオサークルの開設者は我で、事前にサインして置くと事故に繋がるということで、我が現地滞在している時にその処理を済ますようにしてあるが、今回も我のカトマンズ入りに合わせて、支払いが待っている。支払いを予定してカトマンズ入りしているから、今回の事態に対処する準備は何もできていない。分かっていたら何らかの準備をして対処するのだが、何もしていない。仮にしてあっても、その現金を何処に保管するのか?色々と問題がある。
日本の正月と同じでネパール最大のお祭りダサイン、この期間の挨拶は「ダサインおめでとうございます」、1年で一番大きな金が動くこのダサインで国民に金を使わせないための貧乏政府の策略ではないのか? 最近は食糧の多くをインドから輸入し、ダサインには欠かせないヤギもインドから大量に輸入しなければ需要を満たせなくなっている。問題が大きくなった時にはダサイン入りの長期休息日で沈静化、それが終わった時点でフランスのせいにして、謝って国民を鎮静化させようとの魂胆ではないのか? と疑っているのだが、今までにネパールの政治の稚拙なところを、ネパール政府のそういうところを多々見せられてきたから。
遡(さかのぼ)って1週間分の新聞を集めさせて、実態を調べさせた。はっきりしないが、やはり新聞には記事があった。新聞を信じるとしたら、フランスからのルピー札の供給が途切れていたことは事実だったが、ネパール中の銀行のこの1週間はネパールルピーが不足してインド通貨で支払っていたという、それも上限を3,500ルピーに制限し、最近は2,00ルピーまで下げ、ATMの機械はストップされていたようだ。銀行に下ろしに来ても一銭も下ろしてもらえず諦めて帰る人々が大半だとも伝えている。政府関係者や中央銀行幹部らは21日から緊急会議を毎日開いていたようだが、企業家や商人はお手上げで、多くの企業がつぶれると騒いでいる。特に商工会議所と銀行の喧嘩状態のやり取りが報道されていたが、中央銀行が大量のインド紙幣の買いに走っている様子も書かれ、このままではインド政府も大きな問題に発展し困るのではないか? 特にインドとの通商関係は50年前のままで、ネパールの希望する改定は全く相手にされない状態で、またまたインドからの強い圧力が想定される。会う人会う人が嘆いている。「ダサインで買い物が必要なのに何も買えない」「ダサインどころではない、支払いができないから相手が困っている」、こんな話ばかり。
今年の街中は、この16年間見てきたダサインとは違い、あまりに静かだ。人が歩いていない、車が無い、今までより店の数が少ない。街中の空気が久し振りに綺麗で新鮮に感じられたのが嬉しかったが、やはり1週間以上も銀行の出し入れがストップしたからか。それにしてもネパール人はおとなしい。素直に質素なダサインを過ごしているのが分かる。テロリスト・マオイストの件が嘘みたいだ。
我はできないものはできないで気持ちを入れ替えて対策を練るだけ、それにしても銀行に金がありながらの資金ショートは困った。今はもう時間が無い、再度、日本に来る27人に関する怠りないチェックをして、カトマンズ空港へ。 彦
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