2012年1月27日金曜日

日本の学校での食育教育の実例、ネパールで参考になるか?

ネパール、カスキ地方ダンプス郡で地域興しを支援しようと、既に一部は始まっているが、計画を練っている最中。
その中に、首都圏や大都市圏から離れると医者や看護師がいないネパールなので安心安全も取り込もうと計画、農業振興と一緒に健康と漢方(アーユルベーダ-)と重ねた医食同源指導、さらには学生への食育も考えている。
産経新聞に東京都小平市の小学校一年生の国語の授業で食育を取り入れている例が載っていた。
テーマは物の名前で「葉っぱが緑色でギザギザな野菜は?」・・・と子供同士でヒントを出し合って当てっこをさせる。そして野菜で作った団子をみんなで食べる。「教科と食育がリンクして体験から知識を得るのが目的です」、と言う。
カボチャの例が載っていたが、皮と実とワタに底の硬い部分と細かく切り分けて見ると、どの部分も食材になるという。その食材を適材適所に見分け美味しく使い切るという。もったいないという観点から言えばグッドアイディアである。
食糧不足の時代になろうとしている現在、無駄を出さない点で大事な発想だろう。
栄養教諭が音頭を取っている様子。これに、農業からの観点と健康の観点からの話が含まれれば申し分ない。
地産地消までを視野に入れ、医食同源による成人病予防と漢方薬の開発に繋げたい。後進国での村興しだからその地域で紡ぎ上げてきた習俗を踏襲しながら安全安心の生活を作り上げるということから始めなければいけないと考えた。そのためには病気にならない知識と体作りは重要課題。文化や慣習、教育、農業、産業の全方位を挙げて取り掛かりたい。
近い内に再度ネパールに戻る。その前に、早速学校訪問して現在の考え方と状況を聞いてみたい話だ。


●●●ネパールでのダンプス興し(村興し)でリーダー募集。食住は提供。
農業経験5年以上、農産加工経験者、村興し・町興し経験者、元小中学校教師、その他関連者、以上現地リーダー(アグリカルチャーマスター等を認定)任命
●●●ネパールで、学校に行きたくても家庭の事情で行けない子どもへの日本人奨学金里親を探している。毎月3千円で、現在6年生を10年生卒業までの5年間応援して欲しい。日本の何処からでもいい、手を上げてくれる人を探している。振り込み確認後、直ぐに担当して頂く学生のファイルを送る。もしネパールに行かれるチャンスがあればいつでも学校や自宅で面談できる。詳細は「アイウエオサークル」で検索、確認を
www.aiueo-circle.jp/   info@aiueo-circlr.jp

2012年1月26日木曜日

ある写経会での話

ある写経会での話。
始めて参加した女性が黙々と筆を進めているのを見た先生が、「Nさんでしたね。Nさんが書いているのはお経とは違うようですね・・・、誰かの名前を沢山書いているようですが・・・」
「はい。妙子、勝夫、福太郎、私の子どもです。この3人の名前は観音様の一文字を頂いて付けました。13歳の娘は妙音(みょうおん)観世音の「妙」を頂いて妙子。10歳の息子は勝彼(しょうひ)世間音(せけんおん)の「勝」を、4歳の息子は福聚海(ふくじゅかい)無量の「福」を頂いたものです。お経の文字を一字頂いた名前に恥じないような生き方をして欲しいと願っています。実は私は一週間前に肺癌の告知を受けました。医者の話では九ヶ月から一年程の命とのこと、苦しみ悩みました。何より残して行く子ども達のことが心配で・・・。今朝、仏壇の前に座っていますと亡き母の声が聞こえ、『観音様の力を頂いている子供達だ。お前がいなくても立派に生きて行く。心配するより子供達の成長を祈願しなさい・・・』と。これは悩み抜いた私の心の叫びというか結論に違いないでしょう。母からの語り掛けのように思えたのです。その後で、ここで写経会が開かれていることを知り参加させていただきました。先生、私の写経は子供達の名前を何度も何度も書くことにしたいのです。子ども達の名前は私にとってはお経です。我が子の名前を命の限り書き続け、私の写経にしたいのです。私の我儘(わがまま)を許して下さい・・・』
Nさんの目から大きな涙が落ちて、妙子、勝夫、福太郎と沢山かかれた写経を滲ませた。まるでお母さんの温かい胸が三人のお子さんを抱きしめているかのように見えたと言います。
「素晴らしい写経では有りませんか。写経会の部屋は何時でも開いていますから、どうぞ心行くまで、命の果てるまで続けて下さい。何時の日かお子さん達にNさんの写経を見せましょう。きっとお母さんの祈りと願いを心に深く受け止めて、立派な人生を歩んでいくに違いないでしょう」
この日から一年後、Nさんは家族に看取られて旅立って行った。心乱すこと無く穏(おだ)やかな笑みを浮かべていたという。四十九日の法事では仏壇の前にNさんの写経が額に入れられて安置された。この日から妙子、勝夫、福太郎の三人は写経に向かって「お母さん、行ってきます」と声を掛けて学校や幼稚園に行くようになった、といいます。
こんな話を聞いた後、更に
「喜びの時も悲しみの時も直ぐ側にいてくれる人、遠い道も近い道も明るい道も暗い道も一緒に歩いてくれる人、こんな人があなたの側にもいるでしょう。こんな人のことを仏様って言うんです。仏様のような人のいない世の中になったら寂しいですね。ほら、あなたの側に仏様見ぃーつけた!」という話を聞いた。
「あの人は仏様のような人だねぇ!」という話を聞かなくなった。「子どもはみんな仏の子、今頃の子は仏の子らしさが無くなった。もう一度一緒に仏様や仏の子を見つけてみましょう。もし、見つからなかったらあなたが仏様になって下さい。あなたのお子さんやお孫さんを仏の子として育てて下さい。あちこちで『仏様見ぃー付けた!』って、声を掛けて下さい」という話を聞いて、ネパールの子どもを思った。
アイウエオサークルの奨学金生徒は応募してくれた里親の子どもだ。と同時に我の子どもでも有る。仏の子どもとして育って欲しい、と思った。       彦
参照・雑誌ばんたかぶっきょうスクール

○○○ネパールで、学校に行きたくても家庭の事情で行けない子どもへの日本人奨学金里親を探している。毎月3千円で、現在6年生を10年生卒業までの5年間応援して欲しい。日本の何処からでもいい、手を上げてくれる人を探している。振り込み確認後、直ぐに担当して頂く学生のファイルを送る。もしネパールに行かれるチャンスがあればいつでも学校や自宅で面談できる。詳細は「アイウエオサークル」で検索、確認を

2012年1月22日日曜日

一日中 図書館で考え事

我は科学を信じているからどうも宗教心は無さそうだが、ここ数年は我が人生の羅針盤になる教え、哲学とか倫理道徳と置き換えて仏陀の過去の生き方だけを探求している。
神を信じる気は全く無いが、
「仏教は自分を制御するブレーキを持っている宗教」という言葉を10年前頃聞いて今だにその言い方の上手(うま)さ、鋭さが気に成っている。
飲酒運転厳禁と知りながら「まあ一杯くらいなら・・・」と、禁を破る。これは心のブレーキを持っていないからだ、と言う。うん、正しい。
ここに大事な金があるが「今急いでいるので取り敢えず立て替えて置こう」と、使ってしまい後で埋め合わせが出来なく成る等、困った経験がある。これも心のブレークが無いからだ。大きな反省の経験から分かる。
心の中にブレーキが無ければ、ブレーキの掛け様が無い。
つい、止められない心を跳ね返すブレーキは必要だ。
仏教には五つのブレーキがあるという。
1、 私はみだりに生き物を殺しませんというブレーキ
2、 私は与えられないものを捕らないというブレーキ
3、 私はみだらな行いはしないというブレーキ
4、 私は嘘をつかないというブレーキ
5、 私は滅びの元と成る過ぎたる酒は飲まないというブレーキ
これは仏教徒のための五つの戒めだが、このブレーキを持って自分を制御しながら生きているのが仏教徒だと言う。
人間の基本的な欲望を捨てよ、ということだ。全世界で通じる人間の生き方だ。
我もそんなことに気付きながら自分を戒めながら生きていることは事実だ。優しい教えで納得させられる。
5、の酒にはちょっと引っ掛かるが「過ぎたる酒」という言い方が気に入っている。飲むなでは無く程々にだ。
神さえ出て来なければ、人生の羅針盤を示し教えてくれる範囲であれば、我は何時でも反省ばかりだが我はまだ戒名を貰っていない仏教徒だ。
(戒名は高そうだ!いくら五つのブレーキを守り彼岸へ行く努力をしても無い金は出せない)
神話の範囲での行事や祭りもOK、その伝統を引き継ぐのもOK、常に正しい生き方をしたいと願い、またそのほうが生き方としては楽だと気付いてもいる我だ。既に心は仏教徒のつもりだ。
ネパールで熱心に受けるリクエスト、お寺を作って下さい。
ネパールに我の思う仏寺を作るにはどうしたら良いか、昨日は一日中考え、図書館で本を漁(あさ)っていた。

2012年1月21日土曜日

二匹のカワウソと山犬

まだネパール国が出来ていないインド北部時代の遠い昔。
町から遠く離れた湖の岸辺に、ガンビーラとアヌティラという名前の二匹のカワウソが住んでいました。
このカワウソ達は、昼の間は岸辺の穴の中で眠り、夜になると湖を泳ぎながら魚や貝を捕って食べていました。
ある日のこと、二匹が穴から出て見るとすっかり夜になっていて、空には大きな月が出ています。
ガンビーラがアヌティラに言いました。「ご覧よ、月の光で湖がキラキラ輝いているよ。美しいねぇ!」
「本当に美しいね、こんな夜は大きな獲物が見つかるぞ、さあ、行こう!」
二匹のカワウソが湖に入って間もなくのことです。突然、アヌティラが大声を上げました。
「ガンビーラ手伝っておくれ!大きな魚を捕まえたんだ!ああ、早く早く、大き過ぎて引き込まれてしまう。早く、ガンビーラ!」
バシャバシャと音のする方に向かって、ガンビーラが叫びます。
「アヌティラ、直ぐに行って手伝うから頑張るんだ。魚を放すんじゃないぞ!」
明るい月の光りに照らされた湖の岸辺に、赤い色をした大きな魚が一匹横たわっています。その側(そば)で、何故かガンビーラもアヌティラも睨み合ったまま口を利きません。
叢(くさむら)に隠れて、2匹のカワウソの様子をジット見つめているのは山犬です。山犬が呟(つぶや)きました。
「・・・カワウソの奴らめ、魚の分け方で喧嘩を始めたぞ。ウヒヒヒヒ・・・こんな時こそ俺様の出番だ。今夜は赤い魚のご馳走だ。ウヒヒヒヒ・・・」
睨み合いを続けているカワウソに、山犬が声をかけました。
「カワウソさん達、今晩は。御月見で御座いますか?おやおや、これはまた見事な魚じゃ有りませんか。うーん、赤い魚ですな。これは飛び切り美味いんですよ。ところでどうなさいました。どちら様も恐ろしい顔をなさって・・・」
アヌティラが怒った声で言いました。
「ああ山犬さんか。この魚は私達が力を合わせて捕った魚なんだが、どちらにも損の無いように分けるにはどうしたらいいか分からなくてねえ。尤も先に見つけたのは私だがね」
ガンビーラも負けずに言いました。
「そりゃあ先に魚を見つけたのはアヌティラだけど、アヌティラが引き込まれそうになったのを助けたのは私だからねえ!」
山犬がこんな事を言いました。
「どうでしょう、私は今までも沢山の喧嘩を上手に纏めて参りました。ここは私に任せて下さいませんか?」
暫らく睨み合っていたガンビーラとアヌティラが答えました。
「どちらにも損の無いように分けることができるなら、任せるよ!」
山犬は大きな魚に近付くと、あっという間に三つに分けてしまいました。
「御覧なさい。頭の方、真中、そして尻尾の方・・・ちゃんと三つに分かれました。それじゃ、頭の方はガンビーラさん、尻尾の方はアヌティラさん、そして真中は俺様がいただきだ!」
魚の真中を咥えた山犬の姿は、あっという間に野原の中に消えました。
月が西の空に沈みかけています。カワウソの側に、大きな魚の頭の方と尻尾の方が並べて置いてありました。
アヌティラが呟きました。「・・・つまらない争いをしたために、本当に損をしてしまったねえ」
ガンビーラが答えました。「うん。つまらない争いをしたねえ・・・。いつものように仲良く分け合って食べればよかった。失敗失敗。二度とこんなことは止めようね!さあ、眠ろう」
間もなく東の空に太陽が昇ってきます。
(雑誌、ぶっきょうスクールより参照)
昔々のインド北部、時を越えて、今のネパールにこんな話が伝わっています。           彦

2012年1月19日木曜日

大草原の慌て者達

まだネパール国が出来ていないインド北部時代の遠い昔。
ルンビニの南、バラナシの大草原、多くの動物達が仲良く平和に暮らしていました。
涼しい風が草原を抜ける午後になると動物達は木の陰で昼寝を始めます。
椰子の木陰で一匹のウサギが昼寝をしていました。
ドカーン!
気持ち良く眠っていたウサギの耳元で大きな音がしたので、ウサギが飛び起きて叫びました。
「なんだなんだ、今の音は?もしかして地面が割れたのかも知れない!きっとそうだ。地面が割れたんだ!ああー大変なことが起きた。早く逃げなけりゃ!・・・」
広い草原を臆病者のウサギが走りながら叫んでいます。「おーい、みんな逃げるんだ!地面が割れたぞー!」
あちこちから驚きの声が上がりました。「エー、地面が割れたって!」「そりゃあ大変なことになった!」
ウサギの後に沢山のウサギが続いて走り出しました。
その様子を見ていたシマウマもシカもゾウもウサギ達を追い駆けて走り始めました。
ウサギを先頭に何千頭という動物達がゴウゴウと土煙を立てながら走り始めました。
小高い丘で昼寝をしていたライオンがその轟き音に驚いて眼を覚まし、言いました。
「何事だ!何が起こったのだ!みんな、あんなに急いで何処へ行こうというのだ!あのまま進めば人間達の住む町に近付くことになる!近付いてはならない!早くみんなを止めなければ!」
ライオンは草原を駆けて行きます。もの凄いスピードで先頭のウサギに追いついたライオンが叫びました。
「止まれ!みんな、止まるんだ-!」
ドドドドー。ドドドドー。大きな音と土煙を立てて動物達が止まると、ライオンがみんなに訪ねました。
「いったい何が起こったのだ!何故町の方に向かって走っているのだ!誰か訳を教えてくれ!」
始めにゾウが出てきて答えました。「地面が割れたということです」
「何、地面が割れた?何処の地面が割れたのかね、ゾウ君!」
「えっ?何処のって・・・知りません。確かシカさんから聞いたと思います」
ライオンがシカを呼びつけて問いました。
「おい、シカ君、何処の地面が割れたのかね。君はそれを見たのかね?」
シカが小さな声で答えました。「いいえ・・・見ておりません。確かシマウマさんに言われて走り出したのです」
「いえ、私は確か・・・そうだ、ヤギさんに聞いたのだ・・・」、「いえ、私は水牛さんに・・・」、「いえ、私はサイさんに・・・」、・・・・
ライオンが叫びました。「ええーい、もう良い!一番先頭を走っていたのは誰だ!」
「確か、ウサギ君じゃなかったか!」
「ウサギ達といってもこんなに沢山居るんだぞ!その中で先頭を走っていたのは誰だ!ここに連れてこいっ!」
ライオンの声にウサギ達が大騒ぎです。
やがて一匹のウサギがライオンの前に出て言いました。「私です。私が地面が割れる音を聞いたんです」
沢山の動物達に取り囲まれてブルブルと振るえているウサギにライオンが言いました。
「そうか、君が一番初めに地面の割れる音を聞いたのかね?ところで君は地面が割れた所を見たのかね」
「いいえ、見ては居ませんが、椰子の木陰で昼寝をしていたらドカーンという大きな音を聞きました・・・」
「そうか。ではその音がした椰子の木陰に私を連れて行ってくれないか?さあ、私の背中に乗るんだ!」
ウサギと一緒に椰子の木陰を見に行ってきたライオンが動物達に話しました。
「・・・地面など、何処も割れてはいない!椰子の木陰でウサギ君が昼寝をしていたら、大きな椰子の実が一つ落ちてきたのだ。ドカーンとね。この音を聞いたウサギ君は地面が割れたと思って逃げ出したという訳だよ。地面が割れたりしてはいないのだ!」
ライオンの話を聞いた動物達の間からドッと笑い声が起きました。
「アハハハッ、椰子の実が落ちた音を聞いて地面が割れたなんて思った訳か!アハハハッ、何て慌て者なんだろう!」、「ウヒヒヒッ、可笑しい可笑しい、今日からこのウサギを“慌てウサギ”と呼んでやろうじゃないか、アハハハッ」、「そうだそうだ、慌てウサギにしよう!それが良いそれが良い」
何時までも続く笑い声を打ち消すかのように、ライオンが叫びました。
「黙れ黙れ!みんな黙れ!ウサギ君を馬鹿にして皆笑っているけれど、何一つ確かめずに他の者が言ったことを信じて、ウサギ君達の後を追いかけた君達も、慌て者ではないのかね―――」
大草原に夕暮れがやってきました。大きな太陽が地平線に沈んでいきます。
いつしか動物達も家に帰っていきました。
(雑誌、ぶっきょうスクールより参照)
昔々のインド北部、時を越えて、今のネパールにこんな話が伝わっています。           彦

○○○ネパールでのダンプス興し(村興し)でリーダー募集。食住は提供。
農業経験5年以上、農産加工経験者、村興し・町興し経験者、元小中学校教師、その他関連者、以上現地リーダー(アグリカルチャーマスター等を認定)任命
○○○ネパールで、学校に行きたくても家庭の事情で行けない子どもへの日本人奨学金里親を探している。毎月3千円で、現在6年生を10年生卒業までの5年間応援して欲しい。日本の何処からでもいい、手を上げてくれる人を探している。振り込み確認後、直ぐに担当して頂く学生のファイルを送る。もしネパールに行かれるチャンスがあればいつでも学校や自宅で面談できる。
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2012年1月18日水曜日

働く喜びを知った弟牛

まだネパール国が出来ていないインド北部時代の遠い昔。
坂道を重い荷物を載せた兄牛マハーと弟牛チュツラの二頭立ての牛車が上っています。
「兄さん、僕達はこんなに苦しい仕事をさせられているのに、何故ご馳走を貰えないのでしょうか?」
「弟よ、私達は毎日満足できるだけの丁度良い食べ物を貰っているじゃないか、だから病気もしないし、他の牛達よりずーっと力持ちだって言われるんだよ。私には充分過ぎるほどのご馳走だと思えるのだがねー・・・」
「兄さん、同じ家に居る豚のムニカのことを知らないとでも言うのですか、毎日毎日とても食べきれないほどのご馳走を貰いながら何にも働かなくて良いんですよ。朝、僕達が荷車を引き始める時はグーグー眠っているし、夕方僕達が疲れ果てて帰った時もゴロリと寝そべって歌なんか歌ってご機嫌です。それに・・・」
「それに何だね?」
「くたくたに疲れている僕に向かって『チュッラ、私は綺麗好きでねぇ、汗とホコリで汚れたお前に近寄って欲しくないのだよ。さあ、私から離れなさい!』等と言うのですよ。思わず僕の角で突き殺してやろうと思うほどですよ、兄さん、どうして豚のムニカが大切にされて牛の僕達がこんなに苦しい思いをしなければならないんですか?」
「チュッラ、豚のムニカが何故ご馳走ばかり貰って働かされることも無いのか、その訳がもう直ぐ分かるよ。それよりこの道はドンドン急坂になる。さあ、もっと力を出して引くんだ。さあ、もっと強く!」
チュッラが怒ったように言いました。
「ああ、僕はもう嫌だなあ!僕もムニカの様に美味しいご馳走を貰って一日中ゴロリと寝て居たい!」
それから幾日か経った日の夕暮れのこと、兄弟牛の荷車が坂道を下っています。
チュッラが兄マハーに言いました、「兄さん、不思議なことが有るのですが?」
「何が不思議なのかね?」
「近頃豚のムニカを見かけないんですよ。どこか違う所に小屋を移されたんでしょうか?・・・きっとそうだ。今までよりももっと大きくて住み心地の良い小屋を貰って、今までよりもっと美味しいご馳走を貰って、ご機嫌で暮らしているんだ。ああ-、悔しい!ムニカの奴!」
道が終わったところで荷車は止まりました。見上げると空は夕焼けです。マハーが静かに語りました。
「チュッラよ、ご覧。今日も美しい夕焼け空だ。私はこの一時が大好きだ。夕焼け空を見ると今日一日一所懸命働くことが出来た喜びで一杯になるんだ・・・。一所懸命働いたからこんなに美しい夕焼けを見ることが出来るんだと思うのだよ。豚のムニカにも同じ思いをさせてやりたかった。けれど私にはどうすることもできなかった・・・。たった一度でもいいからこの美しい夕焼けをムニカに見せてやりたかったなあ・・・」、マハーの目からは大粒の涙がこぼれ落ちそうです。
驚いたチュッラが言いました、「兄さん、何が悲しいんですか?ムニカが死んでしまったとでも言うのですか?」
マハーが大きくうなずいて「お前があれほど羨ましがっていた豚のムニカはね、この間、主人の息子の結婚式の日に、お祝いに駆けつけたお客達のご馳走になってしまったのだよ。お前には羨ましく見えたムニカの毎日はお客のご馳走になるための毎日だったのだよ!弟よ、今でもムニカのような暮らしをしたいかね?」
チュッラの眼からも大粒の涙がこぼれています。「兄さん、僕は大きな考え違いをしていたようです。汗にまみれ、ホコリにまみれて働くことの出来る喜びを知りませんでした。美しい夕焼け空を見ることの出来る喜びが分かりませんでした。不平ばかり言っていましたから・・・。でも今は違います。働くことの出来る喜びも、美しい夕焼け空を見る喜びも分かりました。本当に、ムニカにも同じ思いをさせてあげたかったですね・・・」
兄マハーと弟チュッラの兄弟牛が引く牛車は夕焼け空が星空に輝く頃、ゆっくりと家路に着きました。
(雑誌、ぶっきょうスクールより参照)
昔々のインド北部、時を越えて、今のネパールにこんな話が伝わっています。           彦

2012年1月17日火曜日

アイウエオサークルの森の新年会

昨日、アイウエオサークルの森の新年会だった。
アイウエオサークルの森は地元貢献事業として選択され、里山保全と地下水保全にボランティア親睦を目的としている。
新年会の日程は、メンバー達15人で午前10時に近くの神社を参拝、その後フィールドに戻り3基ある炭焼き釜に火入れ式、そしてメンバー宅に移動、12時から新年会。
日程を知らされた時には「個人宅での15人の新年会」は大変だなー、との思いがあったが、毎年の行事で我はここ数年正月はネパールに居て参加できなかったので始めて参加しようと考えていた。
遅れて12時半に着いたが、もう始まっていて宴たけなわの様子。我の分のツマミはあてがいで取り置きしてくれていた。
大きな団地の中だが、急斜面の渕に立てられていて、見晴らしの良い家だ。
1階は車庫や倉庫と成り2階に全てが纏められ、外観からは分からなかったが、中2階の形での部屋もあった。
薪暖房で半円の居間に通されたが、その半円部が総ガラスに成り展望レストランのような明るい部屋だ。
住宅誌での紹介もあったほどの斬新な作りに驚かされた。
言いたかったのは、その薪暖房だが、その居間でピザや焼き芋をを焼いたりして楽しんでいると言う。この時も賞味させてもらった。何か特別に美味い感じがした。
アイウエオサークルの森でチェンソーで間伐した木がその材料だ。
ハウス・ツアーで細かく見せてもらったが、1階の倉庫や外壁に沿ってサークルの森での間伐剤を利用した薪が山と詰まれている。
植えられている木々には野鳥の餌台が取り付けられている。居間から啄(つい)ばむ姿が見える趣向だ。
我は、これらの話は聞いていたが実感は無かった。
見て始めて知り、真似したメンバーも居るのではと思い聞いたら、薪ストーブを家の中に作るのは大変ということで外に作ったメンバーが居た。
アイウエオサークルの森はまだまだ間伐が足りない。夏に成ると日の当たらない個所が何ヶ所も出てくる。
サークルの森は里山保存が目的だが、間伐や植林に林内整備だけでなく、炭焼や各種きのこの栽培、肥料作り等も遣っている。
この新年会で感じたことはメンバー達が和気藹々に楽しんでいることが改めて分かり、嬉しかった。
ボランティアも楽しくなければ遣っていられない。もう13年が経つ。        彦