最近嬉しいニュースが数件立て込んだ。
11月から学校舎建設寄贈支援の申込みが2件、スカラーシップ「里親」申込みが4件と続いた。
ホームページと「地球の歩き方」だ。有り難う。
そのうちの1件に返事を書いた。
○●○様
初めまして、代表の杉本です。
あなたのメールが、今朝、私のところへ回ってきました。
話の趣旨は分かりました。
アイウエオサークルは緊急事態の地区(現在学校が無い)、又は緊急事態の学校(いろいろな理由で教育の火が消えそう)の手伝いをしています。
500万円というのは、ホームページに図面も載せていますが、アイウエオサークルの一つの基準を作ってやっています。例えば、地震対策で基礎と柱に力を入れるなどですが、いずれにしてもアイウエオサークルが自ら工事をする物です。
ネパールは本当に遅れていますので、まだまだ外からの援助がなければ教育の火を付けることが出来ない、教育の火が付いていても力尽きて消えてしまう寸前の学校など多いのが現実です。その中では、あなたの200万円貯めたからとの話は、前向きに対処させていただきたいと思います。ネパールの側から見れば、折角の好意を無駄にすること無く、逆により有効に大きくする為の努力が求められます。私はあなたの希望に添う形で工夫をしたいと思います。
アイウエオサークルの現地事務所には弁護士もいますので、現地での金銭的トラブルは16年間一度もありません。
工事については、アイウエオサークルはノンプロフィットの建設会社だと考えてください。スタッフに、ネパールの工事関係の全ての資格を持った監督がいます。安価に、より良いビルディングを建設しています。
あなたの件ですが、以下、取り敢えずの提案です。
教室不足で教育の光が消えてしまいそうな緊急事態の政府校に3教室を建設寄贈する。ビルには「○●○さんビル」等の名前を付ける。建設後、2年から3年計画で、地元の力で2階の増築を計る。あなたが希望して下されば、学校の名誉校長、またはアドバイザーに就任して頂く。
これならOKでしょうか?
または政府校に図書館を建設寄贈する。
先ほどから政府校といっていますが、政府校であれば、後の運営費は要りません。
寄贈後は色んな形で、あなたの出来る範囲で運営の御手伝いはお願いしたいと希望します。
私の今日はこの程度で、あなたの考えを返事して下さい。
私は来る13日には、ネパールに出張です。 彦
2009年12月8日火曜日
2009年12月2日水曜日
ネパール人学生スタディーツアー・リポート9日目
10月10日(土)、リポート10
参加者 = ネパール人ツアー一行27人、杉本、宮本、吉井、飯泉、池田(厚木ホームステイの会)、の合計32人
コース = ①御殿場・「時の栖」 → ②厚木市中央公園北側(厚木市ホームステイの会担当者と合流)(08:30) → ③片瀬東海岸 → ④江ノ島水族館 → ⑤江ノ島岩屋海岸 → ⑥厚木市七沢自然ふれあいセンター
目 的 = ネパールに無い海その物と海の豊かさを知り地球環境と生命の多様性を考える
●今日は海とアクアリューム(水族館)ということで生徒達の昨日までの光った目とまた違う喜びを溢れんばかりに湛(たた)えた光を放っていた。嬉しさで顔の筋肉の動きが違うからか?
● 厚木市役所前の中央公園での落ち合い時間、08:30.までに到着しなければならず、時の栖を06:30.に出発した。
早朝、子供達はと観察したところ、もう5時には風呂に入ろうとしていたようだが、風呂のオープンが朝6時だったのでそれまでの時間を持て余していたようだった。彼らが元気なのには驚かされる。
昨夜は皆での自主勉強は無かった様子、それでも日本に来てから、3日目からの連日6日間の彼らの夜間の自主勉強には驚くばかり、日記も毎日全員が続けていた様子だ。
●東名高速を厚木インターまで乗り継いで07:40.に中央公園に到着、近辺のコンビニで適当に買い集めて朝食とした。公園だったので、生徒達は子供用の大型ジャングルを背景に写真を撮ったり、遊んだりと、退屈どころか大いにはしゃいでいた。大人達は1団となって公園内をマラソンし、子供達に合流してジャングルで遊んでいた。
●08:30.ジャスト、今日から御世話になる厚木市ホームステイの会担当者4人が水族館のパンフレットや途中で食べたり飲んだりするおやつ(パン類やバナナやジュース類等)に昼食等を運んできた。サンキュー、感謝。バスで一緒に行ってくれるのは池田さん。
●県立湘南海岸公園中部駐車場で降車、海岸の遊歩道を渡り片瀬東海岸へ、水際で再度の注意、
①、靴と靴下を脱ぐ(海の中に入るので)、②脹脛(ふくらはぎ)以上の深さに海へ入らない、③海水を舐めてみる、④海辺の貝殻や石を拾ってみる、⑤30分経ったら遊歩道まで戻り足を拭き靴を履く(遊歩道まで行かないと足に付いた砂が取れない)、⑥40分後に出発、遅れた者は置いて行く(水族館の入場券は入口で渡す)ので他の者達が水族館から帰るまでバスの中で待機、等
ゴーサインが出ると全員が急いで靴を脱ぎ海の中へ。
●スーパーバイザーやリーダーも約束事を忘れどんどんと海の中に入って行くので事故を心配し何回も大声で注意。時間で上がってくると腰までびしょ濡れの者が5~6人。この後水族館に行き、更に岩場へ行くので、その時のもしもの事故を考え、怒鳴り付けた。特に二人はバスで待って居ろと叱り付けた。暫らく沈黙した後、海はどうだったか質問した。
「初めて海に入りましたが、もっと先はどの位深いのですか?」(7年生)
「海の水は冷たく、水を舐めたら凄くしょっぱかったです。このしょっぱいのは塩だと思いますがそうですか? 海の底はどうなっているのですか、塩が溜まっているのですか?」(9年生)
「貝は宝ですが、海辺に落ちているとは思いませんでした」(6年生)
「割れた貝ばかりでしたが、どうして割れた貝しか無いのですか?」(6年生)
「石は丸くてネパールの川の石と同じでした。川では上から流れて来る内にぶつかり合って丸くなりますが、私の見た石は海の石なのに、どうして川の石と同じ形になるのですか?」(9年生)
●海水で濡れた者はバスの中で着替え、またはタオルでできるだけ拭き取り、急いで遊歩道に集合、目の前の水族館へ。海浜サイドの遊歩道より左折して水族館の入口へ行き、入って直ぐ2階へ、更に1階へ下り、大水槽の前へ、ちょうど15分間のショーだという、トリーターが水槽内で魚と向き合い、互いを確認し合いながらゲスト(参観客)と水中マイクを通したコミュニケーションを取りながら、普段は見られない大水槽の裏側を水槽横上に設置してある映像で紹介しながらの触れ合いパフォーマンスを繰り広げているところをしばし眺め、更に中をゆっくりと見て歩きながら再度2階へ、それからイルカショースタジアムへ下りて、配られた弁当を食べながらのイルカショーを観覧した。
◇大水槽・ここではトリーターによる水槽内での魚との触れ合いを見せてくれ、今日は気分屋のハリセンボンが呼びかけに応え寄って来てくれたというところに出会えた。魚がトリーターの手から餌をとって食べるところやその時の音を水中マイクで拾いスピーカーで聞くなど、いろいろなパフォーマンスを見せてくれた。
「水の中でマイクが使えるということを教えてもらいました。水中マイクはいつごろ発明された
のですか?」(9年生)
「海の面積は地球の70%と教えてもらいました。それを聞いて、更にこの水槽を見て、魚は地上の動物よりはるかに種類が多いということを実感しました」(9年生)
◇相模の海ゾーン・ここでは相模の海をダイナミックに切り取って来たような水槽の数々、更に食卓の魚コーナーではスーパーでの鮮魚コーナーの魚達の生態を再現、水槽横に写真入の説明があり、ブリやアジ、メバルにマダコにマダイ等、元気に泳いでいた。特にホウボウが鮮やかな赤とブルーの色合いで気を引いた。
「この魚達は、私達がさっき入った海の中に居るのですか?」(5年生)
「私達は海の魚は食べませんが、何故、日本人が海の魚を食べるかということは、目の前に海があり、沢山の魚がいるからだと分かりました」(8年生)
◇深海コーナー・ここでは日本初、深海生物の長期飼育に挑戦するコーナーがあり、江ノ島水族館と海洋研究開発機構との協力・共同研究中の深海研究の最前線を紹介していた。世界初公開や新種等の見たことの無い貝や魚やエビ等10種類以上が飼育されていた。
「この魚達は1000mも2000mも深い水の下にいて何故潰(つぶ)れないのですか?」(9年生)
「深海は深くて光が届かないと聞きましたが、この魚達はどうやって餌を探すのですか?」(9年生)
◇クラゲファンタジーホール・35年以上の飼育研究と展示手法で培(つちか)われた経験を生かしたホールとして、世界一大きいクラゲや若返りを行う不老不死のクラゲなど15の水槽が展示されていた。
「このクラゲは病気になると新しい細胞が生まれて元気になるということですが、死なないということは地球や宇宙が駄目になるまで生きているということですか?」(9年生)
◇冷たい海・暖かい海ゾーン・北の冷たい海から美しい珊瑚礁の海までの旅をしながら、地球環境と生命の多様性を感じるように配置されていた。
「暖かい海にはカラフルな魚が多くて、寒い海にはカラフルな魚が居ない理由が分かりませんでした」(9年生)
◇天皇陛下の研究コーナー・二代に渡る天皇の研究や皇族の研究報告コーナーで、日本の国王が研究活動をしていることが生徒達の心に響いた様子だった。
「ネパールの国王が生物の研究をしているという話は聞いたことがありませんでしたが、日本の国王が勉強家だから日本が発展したのだろうと分かりました」(9年生)
「日本の国王は研究室も持っているのですか、大学などでも教えているのですか?」(9年生)
◇ペンギン、アザラシ、オットセイゾーン・海の中に餌を求めて進化した彼らの水中での行動が分かるように展示され、鳥から進化したペンギンは海の中を飛んでいるという、その進化と能力が分かるように展示されている。
「ペンギンは確かに海の中を飛んでいるようでしたが、海の中を飛ぶという言い方はおかしくありませんか?」(8年生)
◇タッチングプール・ここでは泳いでいるドチザメとネコザメに直接触れることが出来、痛いほどにざらざらした鮫肌が良く分かった。
「プランクトンやドロのような物が体に付いてすべすべになると思えるのですが、そおいうようにはならないのですか?」(9年生)
◇海亀プール・アカウミガメとアオウミガメが観察できる。海亀は爬虫類の仲間なので卵は陸上(砂浜)で生まなければならないと、その進化と今様の姿を教えられた。
「こんなに大きな亀が居るのが不思議です。神様だからこんなに大きいのでしょうか?」(ネパールでは亀は神様)(7年生)
◇イルカショースタジアム・湘南海岸に浮かぶ富士山と江ノ島が見えるように設計されたとの説明とそのイルカと鯨のパフォーマンス20分間に酔い、黒と白のツートンカラーが綺麗なイルカの名前がカマイルカと始めた知った。20分間のショーは少し短く感じた。
「イルカや鯨が人間の言うことを聞くのが新鮮です。僕らより頭が良いのでは無いかと思いました」(5年生)
●バスは弁天橋を渡り江ノ島へ移動、島内駐車場に駐車、一行はブロンズ鳥居ゲートから商店街を通って江ノ島岩屋海岸へ歩いた。ここには海水で出来た小天然プールもある磯場。この一帯は湘南の景勝地として、神奈川県の景観50選にも選ばれている。カニや小魚採りなど磯遊びにはもってこいの場所。先ず片瀬東海岸で海浜に触れ、水族館で海中に触れ、ここ岩屋海岸で波打つ磯場に触れ、そこの岩に海藻の生える所、そこに遊ぶカニや小魚、貝等に触れ、彼らが今日、何を感じたか、そんなことを考えながら、彼らの遊んでいるのか、勉強しているのか、その顔をしばし見比べた。
「最初の砂浜は静かな所です。次の水族館はいろいろな種類の魚が沢山いて賑やかな所です。3番目のここは小さな生き物が沢山いて子供達の遊園地みたいな所です。3つの違う海は大変面白かったです。共通している所は何処もゴミが無く水が透き通っていて綺麗でした。環境が良いということに気付きました。ネパールには海がありませんが、魚の住む所では川があります。カトマンズ盆地内には大きな川は何本もありますが魚は住んでいません。なぜかというと川はゴミの捨て場で、トイレの水や汚れた水が直接流されていますから魚は住めません。子供が川に落ちる
とそれを助ける警官と一緒に病気になるか死んでしまいます。今日は改めて環境の大切さを知りました。しかし、私達にはアイディアも技術もお金もありません。日本に助けて欲しいと思いました」(9年生・女性) 彦
参加者 = ネパール人ツアー一行27人、杉本、宮本、吉井、飯泉、池田(厚木ホームステイの会)、の合計32人
コース = ①御殿場・「時の栖」 → ②厚木市中央公園北側(厚木市ホームステイの会担当者と合流)(08:30) → ③片瀬東海岸 → ④江ノ島水族館 → ⑤江ノ島岩屋海岸 → ⑥厚木市七沢自然ふれあいセンター
目 的 = ネパールに無い海その物と海の豊かさを知り地球環境と生命の多様性を考える
●今日は海とアクアリューム(水族館)ということで生徒達の昨日までの光った目とまた違う喜びを溢れんばかりに湛(たた)えた光を放っていた。嬉しさで顔の筋肉の動きが違うからか?
● 厚木市役所前の中央公園での落ち合い時間、08:30.までに到着しなければならず、時の栖を06:30.に出発した。
早朝、子供達はと観察したところ、もう5時には風呂に入ろうとしていたようだが、風呂のオープンが朝6時だったのでそれまでの時間を持て余していたようだった。彼らが元気なのには驚かされる。
昨夜は皆での自主勉強は無かった様子、それでも日本に来てから、3日目からの連日6日間の彼らの夜間の自主勉強には驚くばかり、日記も毎日全員が続けていた様子だ。
●東名高速を厚木インターまで乗り継いで07:40.に中央公園に到着、近辺のコンビニで適当に買い集めて朝食とした。公園だったので、生徒達は子供用の大型ジャングルを背景に写真を撮ったり、遊んだりと、退屈どころか大いにはしゃいでいた。大人達は1団となって公園内をマラソンし、子供達に合流してジャングルで遊んでいた。
●08:30.ジャスト、今日から御世話になる厚木市ホームステイの会担当者4人が水族館のパンフレットや途中で食べたり飲んだりするおやつ(パン類やバナナやジュース類等)に昼食等を運んできた。サンキュー、感謝。バスで一緒に行ってくれるのは池田さん。
●県立湘南海岸公園中部駐車場で降車、海岸の遊歩道を渡り片瀬東海岸へ、水際で再度の注意、
①、靴と靴下を脱ぐ(海の中に入るので)、②脹脛(ふくらはぎ)以上の深さに海へ入らない、③海水を舐めてみる、④海辺の貝殻や石を拾ってみる、⑤30分経ったら遊歩道まで戻り足を拭き靴を履く(遊歩道まで行かないと足に付いた砂が取れない)、⑥40分後に出発、遅れた者は置いて行く(水族館の入場券は入口で渡す)ので他の者達が水族館から帰るまでバスの中で待機、等
ゴーサインが出ると全員が急いで靴を脱ぎ海の中へ。
●スーパーバイザーやリーダーも約束事を忘れどんどんと海の中に入って行くので事故を心配し何回も大声で注意。時間で上がってくると腰までびしょ濡れの者が5~6人。この後水族館に行き、更に岩場へ行くので、その時のもしもの事故を考え、怒鳴り付けた。特に二人はバスで待って居ろと叱り付けた。暫らく沈黙した後、海はどうだったか質問した。
「初めて海に入りましたが、もっと先はどの位深いのですか?」(7年生)
「海の水は冷たく、水を舐めたら凄くしょっぱかったです。このしょっぱいのは塩だと思いますがそうですか? 海の底はどうなっているのですか、塩が溜まっているのですか?」(9年生)
「貝は宝ですが、海辺に落ちているとは思いませんでした」(6年生)
「割れた貝ばかりでしたが、どうして割れた貝しか無いのですか?」(6年生)
「石は丸くてネパールの川の石と同じでした。川では上から流れて来る内にぶつかり合って丸くなりますが、私の見た石は海の石なのに、どうして川の石と同じ形になるのですか?」(9年生)
●海水で濡れた者はバスの中で着替え、またはタオルでできるだけ拭き取り、急いで遊歩道に集合、目の前の水族館へ。海浜サイドの遊歩道より左折して水族館の入口へ行き、入って直ぐ2階へ、更に1階へ下り、大水槽の前へ、ちょうど15分間のショーだという、トリーターが水槽内で魚と向き合い、互いを確認し合いながらゲスト(参観客)と水中マイクを通したコミュニケーションを取りながら、普段は見られない大水槽の裏側を水槽横上に設置してある映像で紹介しながらの触れ合いパフォーマンスを繰り広げているところをしばし眺め、更に中をゆっくりと見て歩きながら再度2階へ、それからイルカショースタジアムへ下りて、配られた弁当を食べながらのイルカショーを観覧した。
◇大水槽・ここではトリーターによる水槽内での魚との触れ合いを見せてくれ、今日は気分屋のハリセンボンが呼びかけに応え寄って来てくれたというところに出会えた。魚がトリーターの手から餌をとって食べるところやその時の音を水中マイクで拾いスピーカーで聞くなど、いろいろなパフォーマンスを見せてくれた。
「水の中でマイクが使えるということを教えてもらいました。水中マイクはいつごろ発明された
のですか?」(9年生)
「海の面積は地球の70%と教えてもらいました。それを聞いて、更にこの水槽を見て、魚は地上の動物よりはるかに種類が多いということを実感しました」(9年生)
◇相模の海ゾーン・ここでは相模の海をダイナミックに切り取って来たような水槽の数々、更に食卓の魚コーナーではスーパーでの鮮魚コーナーの魚達の生態を再現、水槽横に写真入の説明があり、ブリやアジ、メバルにマダコにマダイ等、元気に泳いでいた。特にホウボウが鮮やかな赤とブルーの色合いで気を引いた。
「この魚達は、私達がさっき入った海の中に居るのですか?」(5年生)
「私達は海の魚は食べませんが、何故、日本人が海の魚を食べるかということは、目の前に海があり、沢山の魚がいるからだと分かりました」(8年生)
◇深海コーナー・ここでは日本初、深海生物の長期飼育に挑戦するコーナーがあり、江ノ島水族館と海洋研究開発機構との協力・共同研究中の深海研究の最前線を紹介していた。世界初公開や新種等の見たことの無い貝や魚やエビ等10種類以上が飼育されていた。
「この魚達は1000mも2000mも深い水の下にいて何故潰(つぶ)れないのですか?」(9年生)
「深海は深くて光が届かないと聞きましたが、この魚達はどうやって餌を探すのですか?」(9年生)
◇クラゲファンタジーホール・35年以上の飼育研究と展示手法で培(つちか)われた経験を生かしたホールとして、世界一大きいクラゲや若返りを行う不老不死のクラゲなど15の水槽が展示されていた。
「このクラゲは病気になると新しい細胞が生まれて元気になるということですが、死なないということは地球や宇宙が駄目になるまで生きているということですか?」(9年生)
◇冷たい海・暖かい海ゾーン・北の冷たい海から美しい珊瑚礁の海までの旅をしながら、地球環境と生命の多様性を感じるように配置されていた。
「暖かい海にはカラフルな魚が多くて、寒い海にはカラフルな魚が居ない理由が分かりませんでした」(9年生)
◇天皇陛下の研究コーナー・二代に渡る天皇の研究や皇族の研究報告コーナーで、日本の国王が研究活動をしていることが生徒達の心に響いた様子だった。
「ネパールの国王が生物の研究をしているという話は聞いたことがありませんでしたが、日本の国王が勉強家だから日本が発展したのだろうと分かりました」(9年生)
「日本の国王は研究室も持っているのですか、大学などでも教えているのですか?」(9年生)
◇ペンギン、アザラシ、オットセイゾーン・海の中に餌を求めて進化した彼らの水中での行動が分かるように展示され、鳥から進化したペンギンは海の中を飛んでいるという、その進化と能力が分かるように展示されている。
「ペンギンは確かに海の中を飛んでいるようでしたが、海の中を飛ぶという言い方はおかしくありませんか?」(8年生)
◇タッチングプール・ここでは泳いでいるドチザメとネコザメに直接触れることが出来、痛いほどにざらざらした鮫肌が良く分かった。
「プランクトンやドロのような物が体に付いてすべすべになると思えるのですが、そおいうようにはならないのですか?」(9年生)
◇海亀プール・アカウミガメとアオウミガメが観察できる。海亀は爬虫類の仲間なので卵は陸上(砂浜)で生まなければならないと、その進化と今様の姿を教えられた。
「こんなに大きな亀が居るのが不思議です。神様だからこんなに大きいのでしょうか?」(ネパールでは亀は神様)(7年生)
◇イルカショースタジアム・湘南海岸に浮かぶ富士山と江ノ島が見えるように設計されたとの説明とそのイルカと鯨のパフォーマンス20分間に酔い、黒と白のツートンカラーが綺麗なイルカの名前がカマイルカと始めた知った。20分間のショーは少し短く感じた。
「イルカや鯨が人間の言うことを聞くのが新鮮です。僕らより頭が良いのでは無いかと思いました」(5年生)
●バスは弁天橋を渡り江ノ島へ移動、島内駐車場に駐車、一行はブロンズ鳥居ゲートから商店街を通って江ノ島岩屋海岸へ歩いた。ここには海水で出来た小天然プールもある磯場。この一帯は湘南の景勝地として、神奈川県の景観50選にも選ばれている。カニや小魚採りなど磯遊びにはもってこいの場所。先ず片瀬東海岸で海浜に触れ、水族館で海中に触れ、ここ岩屋海岸で波打つ磯場に触れ、そこの岩に海藻の生える所、そこに遊ぶカニや小魚、貝等に触れ、彼らが今日、何を感じたか、そんなことを考えながら、彼らの遊んでいるのか、勉強しているのか、その顔をしばし見比べた。
「最初の砂浜は静かな所です。次の水族館はいろいろな種類の魚が沢山いて賑やかな所です。3番目のここは小さな生き物が沢山いて子供達の遊園地みたいな所です。3つの違う海は大変面白かったです。共通している所は何処もゴミが無く水が透き通っていて綺麗でした。環境が良いということに気付きました。ネパールには海がありませんが、魚の住む所では川があります。カトマンズ盆地内には大きな川は何本もありますが魚は住んでいません。なぜかというと川はゴミの捨て場で、トイレの水や汚れた水が直接流されていますから魚は住めません。子供が川に落ちる
とそれを助ける警官と一緒に病気になるか死んでしまいます。今日は改めて環境の大切さを知りました。しかし、私達にはアイディアも技術もお金もありません。日本に助けて欲しいと思いました」(9年生・女性) 彦
2009年11月27日金曜日
2009年11月25日水曜日
ネパール人学生スタディーツアー・リポート9日目
10月09日(土)
参加者=ネパール人ツアー一行27人、杉本、宮本、吉井、飯泉、の合計31人
コース=①龍寶山興全寺(寒川町) → ②相模の国一ノ宮寒川神社 → ③三保ダム・丹沢湖 → ④「時の栖(すみか)」(御殿場)泊
目 的=①②日々の信仰に生きていると言えるネパール人にとっての寺と日本の神社仏閣との比較研究、③ダムの効用について現場視察、④風呂を通した日本の伝統文化とその現代版への変遷についての体験学習
●09:00.センター出発、①寒川の龍寶山興全寺へ向う
東名高速道に乗り、一つ目の厚木インターで降り、国道129号線を平塚へ向い、田村の信号を左折、寒川神社を目指すとその裏側が龍寶山興全寺。10:00.着。
この寺は1597年に開山した曹洞宗の禅宗寺院で江戸初期には徳川家康公が信奉されたと言われているが、寒川大明神を守護神とする神仏混交の寺院で、寒川神社の鎮守の森の一角にある。山道入口にはトンガラシ地蔵と呼ばれるいぼとり地蔵があり、左右に並んで重要文化財指定の南北朝時代の宝苣印塔が2基立っていることで知られる。
境内に入ると子安地蔵で有名な巨大な相模地蔵菩薩が立っている。
一行は本堂横の玄関から入り、本堂で菊地住職の挨拶と説明を聞いてお祈りをさせてもらった。アイウエオサークルが認定した、名匠Mr, Karina Lama Tamang の彫った仏陀の面等が展示されている控えの間に移り、ジュース類をご馳走になり、外に出た。11:30.
●興全寺の菊地住職に、隣の②相模の国一ノ宮寒川神社を案内してもらった。
入口にある瑞祥亭から南門を通り、社務所前から左右に狛犬が護る神門をくぐり、社殿で二拝二拍手一拝を教えてもらい、神様に願い事をして深々と頭を下げた。この点では、ヒンズーと仏教の国ネパール、仏教はヒンズー教の一派と受け止めているだけでなく偶像崇拝の国でもあり、日本の神社仏閣での御参りは27人全員が積極的だった。
この神社は、相模の国一ノ宮寒川神社と呼ばれ、1500年以上の歴史を持ち、寒川比古命と寒川比女命の2柱の神を祀(まつ)り、寒川大明神と奉称している。この神社は関八州の守り神として、江戸の正裏鬼門を護(まも)る社(やしろ)として、全国唯一の方位除け・八方除けの守護神として信仰され、相模の国十三社の内で唯一の明神大社とされ、賑わっている。砕けて言えば、四方八方角から来る全ての災難(地相・家相・方位・日柄・厄年などに由来する全ての禍事・災難)を取り除き、家業繁栄・福徳円満な日々の開運が授けられる八方除け信仰の場として賑わっている。との説明、学生達はしっかりと聞いていた。
この日も、まだ11月15日には早いのに、七五三詣での親子達がいて、学生達がその千歳飴を持つ子供達の写真に夢中になっていた。3歳は髪置きの祝い、5歳は袴着の祝い、7歳は帯解きの祝い、と砕いて教えたが分かったかどうか?
「ネパールでも、その日だけの特別の衣服を着せて子供の成長を祝う同じ様なお寺参りがあり、お坊さんに祝福して貰います」と言われてしまった。
その後、神門を戻り、手水舎の横から裏参拝所前を通り、本殿裏にある神域の泉「難波の小池」周辺を整備した「神嶽山神苑」を見せてもらった。ここは神嶽山の杜(もり)といわれる御神域だということで本来はご祈祷を受けた者だけが入れる苑だということだったが、菊地住職の手配で特別に入れてもらった。神人和楽という言葉を聞いたが、随所にこだわりを見せた日本庭園の文化遺産と言えば当て嵌まるか? 経験の浅い我には、神性なものを感じるどころか、日本の伝統建築技術の粋を集めた建築物と庭園の配置や使用している材料にばかり気を取られ、その素晴らしさに発する言葉も無く、飲み込まれていた。
「ジャパニーズガーデンは神様のガーデンです」
「神様は本殿に居ますが、時々この庭の茶室に来るのでしょう」
「私達の神様、シバ神もいました」(シバ神のシンボルとそっくりのリンガが「難波の小池」の中に、ネパールと同じ状態、同じ雰囲気で据えてあったのを見て)
12:30.龍寶山興全寺へ戻る。
「今日はネパールを出てから初めてのお祈りが出来ました、有り難うございました」(7年生)
●昼食を取ることになり、菊地住職と一緒に寒川町一ノ宮にある「中華1番嵐坊(らんぼう)」へ
アイウエオサークルが来たと話を聞きつけて、この嵐坊だけでなく幾つか他の会社を経営する渡辺社長も駆けつけてくれた。
食事はチャーハンとラーメンに焼肉定食に限定して注文。ネパール人の大半はチャーハンで3人がラーメン、日本人同行者は焼肉定食と別れたが、ネパール人達は今までに無く「ミートチャ(美味しい)、ミートチャ」、と喜んでくれた。これを聞いた渡辺社長や従業員達も喜び、ホットな雰囲気で楽しんだ。12:50~13:40.
●③三保ダム・丹沢湖を目指して、来た道を東名高速道に向かい、大井松田インターで降り、246号線を下り、清水橋の先を道路上の案内に沿って右折、右に道の駅「山北」を見ながら丹沢湖へ。
「三保の家」の手前左にある駐車場に車を入れ、以下説明。
ここは酒匂川の上流で玄倉(くろくら)川と中川(なかがわ)川の合流地点にあるが、これらの川は2級河川であるため国の援助が仰げず、神奈川県によって計画され、酒匂川沿岸の洪水調節、神奈川県全域への上水道供給、認可出力7千キロワットの水力発電の3大目的を持って三保ダムの工事は昭和45年(1970年)から始まり、8年間で823億円の事業費をかけて完成、この事業により人造湖として丹沢湖が出来た。ダムは中央土質遮水壁型ロックフィルダムと言い、高さ95m、特徴は他に例の無い大規模な5門の洪水吐き(水門)ゲートを持つこと。このダム建設によって223世帯の住居が水没。1978年の完成後、ダム及びその周辺は丹沢大山国定公園に指定され、四季を通じて多くの観光客や釣り客が訪れる神奈川県内有数の観光スポットになった。湖畔には丹沢湖誕生の歴史を学べる「丹沢記念館・三保の家」、丹沢の自然と親しむ「丹沢湖森林館・薬草の家」等の施設があり、ボート、サイクリング、釣り、キャンプ、などの活動が楽しめる。2月中旬と12月上旬の釣り大会などを含んだ「丹沢湖ワカサギ祭」、毎年7月中旬の「カヌーマラソンIN丹沢湖」と7月下旬の「丹沢カヌー体験教室」、8月10日の2千発が打ち上げられる「丹沢湖花火大会」、11月下旬には千人鍋が用意される「西丹沢もみじ祭」、毎年4千人が参加する11月最終日曜日の「丹沢湖マラソン大会」(今年は第30回)、12月上旬から25日まで16万球のイルミネーションで飾られる「クリスマスIN丹沢湖」、等があり、更に富士山の眺望、春の桜、秋の紅葉、など四季折々の自然が楽しめる。
と言う説明を聞いて「丹沢湖記念館・三保の家」へ。
●「丹沢湖記念館」、ここは丹沢湖誕生を記念して建てられた多目的施設で、自由に見学でき、1階は地元の特産品コーナーの展示販売や縄文遺跡出土品の展示、ペヘレイの水槽などのほか、丹沢湖誕生の写真展やビデオの上映を行っている。2階は大会議場(108人収容)・小会議室などがあり有料。屋上は展望台になっていて、四季折々の丹沢湖の景観を楽しんでもらえるようになっている。
「三保の家」は「丹沢湖記念館」の西隣にあり、固定に水没した世附(よづく)地区で昭和48年ごろまで使われていた120年前の、江戸時代末期の民家を移転復元したもので、多くの農具等展示がなされ、それらを通して養蚕や米作の様子、餅つき等がなされていた様子が目に浮かぶ。水没前の風景の写真等も展示してある。
「この農具類は今ネパールで使われています、ここに在るという事は今の日本では使われていないということですか?」
「ネパールの農業は日本に比べて120年も送れているということですか?」
駐車場に戻る形で、車両通行止めになっている世附林道脇に中央土質遮水壁型ロックフィルダムを横断する形で作られた世附大橋にある5門の洪水吐き(水門)ゲートを散策、橋の中央に大きなスノコ状の渡しがあり、そこから下に湖面が望めるが、高所恐怖症の者にはぞくぞくとする恐怖の渡しだ。その橋の手前に自動説明スピーカーがあり、スタッフのディニッシュがボタンを押して、聞きながら学生達に通訳していた。発電所は東側世附林道の下にあり、時間も無く、見ることが出来なかった。
「ネパールにもダムが沢山あることは知っていますが、発電に使っていると聞いています。でもダムが少なくて電気が不足しています」
「日本では発電の他に水道水供給や田畑への灌漑調節に、更には洪水調節ばかりか観光にも役立てています。ネパールではダムが観光になるとは考えたことや聞いたことがありません。ネパールでは観光は大事な産業です。ネパールでも同じことが出来ますか?」
「三保ダムには沢山の魚が居て魚釣り大会もあると教えてもらいました。どんな魚が居ますか?」
(ワカサギ、虹鱒、ブラックバス、ペヘレイ等、ネパールとは種類が違うので説明に困った、次からは図鑑が必要だ)
「魚釣り大会でゲットした魚は食べるのですか、どうするのですか?」
●17:10.④御殿場の「時の栖」へ出発。18:00.着
総合リゾート施設「時の栖」正面ゲートから入った駐車場にバスを止め、散策がてら天然温泉気楽坊まで歩いた。幸い駐車場が空いていたので乗用車4台分を横に使い駐車した。ビジネスライフをサポートするホテルブラッシュアップと御殿場高原ホテルが直ぐ後ろに、カジュアルリゾートのホテル時の栖は右側に、御殿場高原ビールが飲めるレストラン・グランドテーブルを右に見ながら結婚式場の桜の礼拝堂に続く全長430メートルのイルミネーションロードの入口を右に折れて9種類の風呂が楽しめる天然温泉気楽坊へ。入口でシューボックスに靴を入れそのキーをフロントに持って行き、受付と支払いを済ませると風呂場でのロッカーキーと着替えが渡される。30人もいるから大分混乱した。
先ず展望レストランの座敷へ。既にある和食のセットメニューをベジタリアン用セットに組替えて貰いオーダー、食事が来る間、直ぐに出してもらえる枝豆と をオーダー。大人は御殿場ビール(地ビール)をオーダー。セットがでてくると種類も多く見た目は豪華だが、学生達はどうするか心配しながら見ていたが、適当に交換し合いながら全員がほぼ食べてくれた。しかし余り美味しくは無かったようだ。
バスの中でどのように風呂に入るかは教えてきたが、女性が心配だった。宮本リーダーは何とかなるよと気楽な返事で女性を従えて風呂場へ、男性は杉本が従えて風呂場へ。ネパール人達は慣れ無いので中々パンツが脱げないで居たが、恥ずかしさを誤魔化しているのだろう、ほぼ全員が大笑いしながら諦め気味にパンツを脱ぐ姿が滑稽(こっけい)だった。入場後直ぐに流し湯で尻と前を洗わせ、入湯。しかし殆どのメンバーが流し湯で身体を洗い流した後、真っ直ぐに洗い場へ直行し、身体を洗い出した。後で聞いたら
「今までに経験の無い熱い湯の中に入るのは怖かったので、様子を見るためにまず洗い場の椅子に座りました」と言う。「身体を洗っている間に、日本人の真似をすることに決心がつきました」とも言った。
ここからは、絶対に泳がないこととタオルを湯船に入れないことを再度注意して約30分のフリータイム。
大浴場にトルマリン湯、スコリア湯、死海の原塩風呂、麦飯石サウナ、備長炭釜風呂、ジェットバス、外には露天風呂と、御好きにどうぞと多い湯種。
湯上り後、テレビ付きリクライニングシートのある仮眠室を案内し、その使用方法を教え朝07:00.までフリータイム。 彦
参加者=ネパール人ツアー一行27人、杉本、宮本、吉井、飯泉、の合計31人
コース=①龍寶山興全寺(寒川町) → ②相模の国一ノ宮寒川神社 → ③三保ダム・丹沢湖 → ④「時の栖(すみか)」(御殿場)泊
目 的=①②日々の信仰に生きていると言えるネパール人にとっての寺と日本の神社仏閣との比較研究、③ダムの効用について現場視察、④風呂を通した日本の伝統文化とその現代版への変遷についての体験学習
●09:00.センター出発、①寒川の龍寶山興全寺へ向う
東名高速道に乗り、一つ目の厚木インターで降り、国道129号線を平塚へ向い、田村の信号を左折、寒川神社を目指すとその裏側が龍寶山興全寺。10:00.着。
この寺は1597年に開山した曹洞宗の禅宗寺院で江戸初期には徳川家康公が信奉されたと言われているが、寒川大明神を守護神とする神仏混交の寺院で、寒川神社の鎮守の森の一角にある。山道入口にはトンガラシ地蔵と呼ばれるいぼとり地蔵があり、左右に並んで重要文化財指定の南北朝時代の宝苣印塔が2基立っていることで知られる。
境内に入ると子安地蔵で有名な巨大な相模地蔵菩薩が立っている。
一行は本堂横の玄関から入り、本堂で菊地住職の挨拶と説明を聞いてお祈りをさせてもらった。アイウエオサークルが認定した、名匠Mr, Karina Lama Tamang の彫った仏陀の面等が展示されている控えの間に移り、ジュース類をご馳走になり、外に出た。11:30.
●興全寺の菊地住職に、隣の②相模の国一ノ宮寒川神社を案内してもらった。
入口にある瑞祥亭から南門を通り、社務所前から左右に狛犬が護る神門をくぐり、社殿で二拝二拍手一拝を教えてもらい、神様に願い事をして深々と頭を下げた。この点では、ヒンズーと仏教の国ネパール、仏教はヒンズー教の一派と受け止めているだけでなく偶像崇拝の国でもあり、日本の神社仏閣での御参りは27人全員が積極的だった。
この神社は、相模の国一ノ宮寒川神社と呼ばれ、1500年以上の歴史を持ち、寒川比古命と寒川比女命の2柱の神を祀(まつ)り、寒川大明神と奉称している。この神社は関八州の守り神として、江戸の正裏鬼門を護(まも)る社(やしろ)として、全国唯一の方位除け・八方除けの守護神として信仰され、相模の国十三社の内で唯一の明神大社とされ、賑わっている。砕けて言えば、四方八方角から来る全ての災難(地相・家相・方位・日柄・厄年などに由来する全ての禍事・災難)を取り除き、家業繁栄・福徳円満な日々の開運が授けられる八方除け信仰の場として賑わっている。との説明、学生達はしっかりと聞いていた。
この日も、まだ11月15日には早いのに、七五三詣での親子達がいて、学生達がその千歳飴を持つ子供達の写真に夢中になっていた。3歳は髪置きの祝い、5歳は袴着の祝い、7歳は帯解きの祝い、と砕いて教えたが分かったかどうか?
「ネパールでも、その日だけの特別の衣服を着せて子供の成長を祝う同じ様なお寺参りがあり、お坊さんに祝福して貰います」と言われてしまった。
その後、神門を戻り、手水舎の横から裏参拝所前を通り、本殿裏にある神域の泉「難波の小池」周辺を整備した「神嶽山神苑」を見せてもらった。ここは神嶽山の杜(もり)といわれる御神域だということで本来はご祈祷を受けた者だけが入れる苑だということだったが、菊地住職の手配で特別に入れてもらった。神人和楽という言葉を聞いたが、随所にこだわりを見せた日本庭園の文化遺産と言えば当て嵌まるか? 経験の浅い我には、神性なものを感じるどころか、日本の伝統建築技術の粋を集めた建築物と庭園の配置や使用している材料にばかり気を取られ、その素晴らしさに発する言葉も無く、飲み込まれていた。
「ジャパニーズガーデンは神様のガーデンです」
「神様は本殿に居ますが、時々この庭の茶室に来るのでしょう」
「私達の神様、シバ神もいました」(シバ神のシンボルとそっくりのリンガが「難波の小池」の中に、ネパールと同じ状態、同じ雰囲気で据えてあったのを見て)
12:30.龍寶山興全寺へ戻る。
「今日はネパールを出てから初めてのお祈りが出来ました、有り難うございました」(7年生)
●昼食を取ることになり、菊地住職と一緒に寒川町一ノ宮にある「中華1番嵐坊(らんぼう)」へ
アイウエオサークルが来たと話を聞きつけて、この嵐坊だけでなく幾つか他の会社を経営する渡辺社長も駆けつけてくれた。
食事はチャーハンとラーメンに焼肉定食に限定して注文。ネパール人の大半はチャーハンで3人がラーメン、日本人同行者は焼肉定食と別れたが、ネパール人達は今までに無く「ミートチャ(美味しい)、ミートチャ」、と喜んでくれた。これを聞いた渡辺社長や従業員達も喜び、ホットな雰囲気で楽しんだ。12:50~13:40.
●③三保ダム・丹沢湖を目指して、来た道を東名高速道に向かい、大井松田インターで降り、246号線を下り、清水橋の先を道路上の案内に沿って右折、右に道の駅「山北」を見ながら丹沢湖へ。
「三保の家」の手前左にある駐車場に車を入れ、以下説明。
ここは酒匂川の上流で玄倉(くろくら)川と中川(なかがわ)川の合流地点にあるが、これらの川は2級河川であるため国の援助が仰げず、神奈川県によって計画され、酒匂川沿岸の洪水調節、神奈川県全域への上水道供給、認可出力7千キロワットの水力発電の3大目的を持って三保ダムの工事は昭和45年(1970年)から始まり、8年間で823億円の事業費をかけて完成、この事業により人造湖として丹沢湖が出来た。ダムは中央土質遮水壁型ロックフィルダムと言い、高さ95m、特徴は他に例の無い大規模な5門の洪水吐き(水門)ゲートを持つこと。このダム建設によって223世帯の住居が水没。1978年の完成後、ダム及びその周辺は丹沢大山国定公園に指定され、四季を通じて多くの観光客や釣り客が訪れる神奈川県内有数の観光スポットになった。湖畔には丹沢湖誕生の歴史を学べる「丹沢記念館・三保の家」、丹沢の自然と親しむ「丹沢湖森林館・薬草の家」等の施設があり、ボート、サイクリング、釣り、キャンプ、などの活動が楽しめる。2月中旬と12月上旬の釣り大会などを含んだ「丹沢湖ワカサギ祭」、毎年7月中旬の「カヌーマラソンIN丹沢湖」と7月下旬の「丹沢カヌー体験教室」、8月10日の2千発が打ち上げられる「丹沢湖花火大会」、11月下旬には千人鍋が用意される「西丹沢もみじ祭」、毎年4千人が参加する11月最終日曜日の「丹沢湖マラソン大会」(今年は第30回)、12月上旬から25日まで16万球のイルミネーションで飾られる「クリスマスIN丹沢湖」、等があり、更に富士山の眺望、春の桜、秋の紅葉、など四季折々の自然が楽しめる。
と言う説明を聞いて「丹沢湖記念館・三保の家」へ。
●「丹沢湖記念館」、ここは丹沢湖誕生を記念して建てられた多目的施設で、自由に見学でき、1階は地元の特産品コーナーの展示販売や縄文遺跡出土品の展示、ペヘレイの水槽などのほか、丹沢湖誕生の写真展やビデオの上映を行っている。2階は大会議場(108人収容)・小会議室などがあり有料。屋上は展望台になっていて、四季折々の丹沢湖の景観を楽しんでもらえるようになっている。
「三保の家」は「丹沢湖記念館」の西隣にあり、固定に水没した世附(よづく)地区で昭和48年ごろまで使われていた120年前の、江戸時代末期の民家を移転復元したもので、多くの農具等展示がなされ、それらを通して養蚕や米作の様子、餅つき等がなされていた様子が目に浮かぶ。水没前の風景の写真等も展示してある。
「この農具類は今ネパールで使われています、ここに在るという事は今の日本では使われていないということですか?」
「ネパールの農業は日本に比べて120年も送れているということですか?」
駐車場に戻る形で、車両通行止めになっている世附林道脇に中央土質遮水壁型ロックフィルダムを横断する形で作られた世附大橋にある5門の洪水吐き(水門)ゲートを散策、橋の中央に大きなスノコ状の渡しがあり、そこから下に湖面が望めるが、高所恐怖症の者にはぞくぞくとする恐怖の渡しだ。その橋の手前に自動説明スピーカーがあり、スタッフのディニッシュがボタンを押して、聞きながら学生達に通訳していた。発電所は東側世附林道の下にあり、時間も無く、見ることが出来なかった。
「ネパールにもダムが沢山あることは知っていますが、発電に使っていると聞いています。でもダムが少なくて電気が不足しています」
「日本では発電の他に水道水供給や田畑への灌漑調節に、更には洪水調節ばかりか観光にも役立てています。ネパールではダムが観光になるとは考えたことや聞いたことがありません。ネパールでは観光は大事な産業です。ネパールでも同じことが出来ますか?」
「三保ダムには沢山の魚が居て魚釣り大会もあると教えてもらいました。どんな魚が居ますか?」
(ワカサギ、虹鱒、ブラックバス、ペヘレイ等、ネパールとは種類が違うので説明に困った、次からは図鑑が必要だ)
「魚釣り大会でゲットした魚は食べるのですか、どうするのですか?」
●17:10.④御殿場の「時の栖」へ出発。18:00.着
総合リゾート施設「時の栖」正面ゲートから入った駐車場にバスを止め、散策がてら天然温泉気楽坊まで歩いた。幸い駐車場が空いていたので乗用車4台分を横に使い駐車した。ビジネスライフをサポートするホテルブラッシュアップと御殿場高原ホテルが直ぐ後ろに、カジュアルリゾートのホテル時の栖は右側に、御殿場高原ビールが飲めるレストラン・グランドテーブルを右に見ながら結婚式場の桜の礼拝堂に続く全長430メートルのイルミネーションロードの入口を右に折れて9種類の風呂が楽しめる天然温泉気楽坊へ。入口でシューボックスに靴を入れそのキーをフロントに持って行き、受付と支払いを済ませると風呂場でのロッカーキーと着替えが渡される。30人もいるから大分混乱した。
先ず展望レストランの座敷へ。既にある和食のセットメニューをベジタリアン用セットに組替えて貰いオーダー、食事が来る間、直ぐに出してもらえる枝豆と をオーダー。大人は御殿場ビール(地ビール)をオーダー。セットがでてくると種類も多く見た目は豪華だが、学生達はどうするか心配しながら見ていたが、適当に交換し合いながら全員がほぼ食べてくれた。しかし余り美味しくは無かったようだ。
バスの中でどのように風呂に入るかは教えてきたが、女性が心配だった。宮本リーダーは何とかなるよと気楽な返事で女性を従えて風呂場へ、男性は杉本が従えて風呂場へ。ネパール人達は慣れ無いので中々パンツが脱げないで居たが、恥ずかしさを誤魔化しているのだろう、ほぼ全員が大笑いしながら諦め気味にパンツを脱ぐ姿が滑稽(こっけい)だった。入場後直ぐに流し湯で尻と前を洗わせ、入湯。しかし殆どのメンバーが流し湯で身体を洗い流した後、真っ直ぐに洗い場へ直行し、身体を洗い出した。後で聞いたら
「今までに経験の無い熱い湯の中に入るのは怖かったので、様子を見るためにまず洗い場の椅子に座りました」と言う。「身体を洗っている間に、日本人の真似をすることに決心がつきました」とも言った。
ここからは、絶対に泳がないこととタオルを湯船に入れないことを再度注意して約30分のフリータイム。
大浴場にトルマリン湯、スコリア湯、死海の原塩風呂、麦飯石サウナ、備長炭釜風呂、ジェットバス、外には露天風呂と、御好きにどうぞと多い湯種。
湯上り後、テレビ付きリクライニングシートのある仮眠室を案内し、その使用方法を教え朝07:00.までフリータイム。 彦
2009年11月23日月曜日
今日は勤労感謝の日、恵比寿講の日だ
11月23日、勤労感謝の日。
昭和20年12月までは年間12の祝祭日と呼ばれる日があり、この日は「新嘗祭(にいなめさい)」と呼ばれ、今日は天皇が天照大神等に今年の収穫を感謝し、5穀や酒を供え、神々と一緒に会食される祭祀(サイシ)の日で、国民が一緒に祝う日だった。敗戦した日本は、天皇と国民を離す目的でGHQから祝祭日の中止を命令され、昭和23年7月に全く同じ日で名称だけを変えた祝日法を押し付けられた。その祝日法にある今日の11月23日は勤労感謝の日と変わった。法には、勤労を尊び、生産を祝い、国民互いに感謝し会う日とある。
「働」という日本人の発明字(国字)は「人」が額に汗して「動」く様子で、ハタラクとはハタ(傍¬=めいわく)をラク(楽)にすること。と、天皇の最大の仕事は日本古来の文化を体現、継承すること。新嘗祭だけでなく、毎年自らお田植えや稲刈りをされるのも、稲作文化を引き継いでいこうという天皇の意思だ、とまでを今朝の産経新聞で読んだ。読売新聞には今日の勤労感謝の日については全く触れられていない。以前から思っていたことだが、両社の考え方の違いがはっきりと出た日だ。産経新聞は最右翼の保守系だと感じ、その歴史観は面白く読んできた。朝日新聞は昔の社会党系、今の社民党系では無いかと勘ぐって読んでいるが、我には面白くない偏(かたよ)った新聞だと思う。その点、読売新聞は中庸で面白くは無いが、安全な新聞だと思っている。
国民のために収穫を感謝するだけでなく、天皇自身も神々と会食されることで、翌年の豊穣に向けて力を得る意味もあるという。秋の収穫感謝祭は全国にある。そして来年の豊穣を祈る。神に今年の収穫物を捧げ、来年への豊穣を祈るのは自然で心温まる良い慣習だと思う。額に汗して働いた結果の収穫だと知れば、それが他の人にも役立ったと気付けば楽しくもなる。勤労感謝の日でも新嘗祭でも働く価値とそこから生まれる収穫と気付いた楽しさは得難い宝だ。
知る限りでは恵比寿講の恵比寿は七福神の一人で商売の神、海岸部で始まった魚取(なとり)祭で恵比寿は大漁をもたらし、海上安全の守り神とされ、鯛等を供えて感謝したものが後に商家や農家にも受け入れられ百姓恵比寿という言葉も生まれた。若いころだったが、下田の恵比寿講を思い出す。いずれにしても収穫に感謝する日。
今日、午後3時ごろ電車から降りた際、改札口近くで古谷秦野市長夫妻とばったり出会った。「やー、やー、~」で、聞けば恵比寿講に顔出した帰りだと言う。それで、時間も有ったので、小田急線渋沢駅南口での恵比寿講の祭を散策した。この渋沢の恵比寿講は昔、ミカンを配って収穫を感謝したその伝統を引き継いだ祭だ。
ネパールは祭が多くてどの祭がどういう祭か良く分からない。その多くは収穫祭の様相を持っているように感じているが、一度調べてみたい。しかし仕事のないネパールで、多くの若者がやることが無く遊んでいるネパールで、勤労感謝って、収穫に対する感謝って、解かるのだろうか?それとも解かり過ぎるぐらいなのか?
ネパールの祭とラップしながら餅つきやマス釣り、子ども達の踊りを眺めながらネパールの色んな祭の風景が過(よ)ぎった。 彦
昭和20年12月までは年間12の祝祭日と呼ばれる日があり、この日は「新嘗祭(にいなめさい)」と呼ばれ、今日は天皇が天照大神等に今年の収穫を感謝し、5穀や酒を供え、神々と一緒に会食される祭祀(サイシ)の日で、国民が一緒に祝う日だった。敗戦した日本は、天皇と国民を離す目的でGHQから祝祭日の中止を命令され、昭和23年7月に全く同じ日で名称だけを変えた祝日法を押し付けられた。その祝日法にある今日の11月23日は勤労感謝の日と変わった。法には、勤労を尊び、生産を祝い、国民互いに感謝し会う日とある。
「働」という日本人の発明字(国字)は「人」が額に汗して「動」く様子で、ハタラクとはハタ(傍¬=めいわく)をラク(楽)にすること。と、天皇の最大の仕事は日本古来の文化を体現、継承すること。新嘗祭だけでなく、毎年自らお田植えや稲刈りをされるのも、稲作文化を引き継いでいこうという天皇の意思だ、とまでを今朝の産経新聞で読んだ。読売新聞には今日の勤労感謝の日については全く触れられていない。以前から思っていたことだが、両社の考え方の違いがはっきりと出た日だ。産経新聞は最右翼の保守系だと感じ、その歴史観は面白く読んできた。朝日新聞は昔の社会党系、今の社民党系では無いかと勘ぐって読んでいるが、我には面白くない偏(かたよ)った新聞だと思う。その点、読売新聞は中庸で面白くは無いが、安全な新聞だと思っている。
国民のために収穫を感謝するだけでなく、天皇自身も神々と会食されることで、翌年の豊穣に向けて力を得る意味もあるという。秋の収穫感謝祭は全国にある。そして来年の豊穣を祈る。神に今年の収穫物を捧げ、来年への豊穣を祈るのは自然で心温まる良い慣習だと思う。額に汗して働いた結果の収穫だと知れば、それが他の人にも役立ったと気付けば楽しくもなる。勤労感謝の日でも新嘗祭でも働く価値とそこから生まれる収穫と気付いた楽しさは得難い宝だ。
知る限りでは恵比寿講の恵比寿は七福神の一人で商売の神、海岸部で始まった魚取(なとり)祭で恵比寿は大漁をもたらし、海上安全の守り神とされ、鯛等を供えて感謝したものが後に商家や農家にも受け入れられ百姓恵比寿という言葉も生まれた。若いころだったが、下田の恵比寿講を思い出す。いずれにしても収穫に感謝する日。
今日、午後3時ごろ電車から降りた際、改札口近くで古谷秦野市長夫妻とばったり出会った。「やー、やー、~」で、聞けば恵比寿講に顔出した帰りだと言う。それで、時間も有ったので、小田急線渋沢駅南口での恵比寿講の祭を散策した。この渋沢の恵比寿講は昔、ミカンを配って収穫を感謝したその伝統を引き継いだ祭だ。
ネパールは祭が多くてどの祭がどういう祭か良く分からない。その多くは収穫祭の様相を持っているように感じているが、一度調べてみたい。しかし仕事のないネパールで、多くの若者がやることが無く遊んでいるネパールで、勤労感謝って、収穫に対する感謝って、解かるのだろうか?それとも解かり過ぎるぐらいなのか?
ネパールの祭とラップしながら餅つきやマス釣り、子ども達の踊りを眺めながらネパールの色んな祭の風景が過(よ)ぎった。 彦
2009年11月22日日曜日
2009年11月21日土曜日
ネパール人学生スタディーツアー・リポート8日目
昨日で秦野市に御世話になった秦野市内での体験学習や研究は終わった。
このスタディーツアーはアイウエオサークルの本部が秦野市内にあることから、特に秦野市にお願いをしているところだが、実際、この13年間秦野市には良く面倒を見てもらってきた。この報告書作成に当たって、深く感じさせられる。改めて深甚の意を持って深く感謝。
手配をしてくれた佐藤課長代理、熊沢職員、杉山職員、有り難うございました。
●今日は海を体験してもらうということで、二ノ宮の海岸で地引網の体験学習とその収穫物でバーベキューをする計画だったが、台風の影響で前日の網が仕掛けられないことになり、3日ほど前に中止となってしまった。事務所の総務担当の小松スタッフから、「横浜の鶴見にある「環境エネルギー館」が地球の誕生から生命の多様性と生態系について、地球の循環機能と環境、エネルギーの勉強が出来ます、屋上にはビオトープがあり生徒達は喜ぶと思いますが、どうでしょうか?パンフレットも取り寄せてあります」と、提案され、飛びついた。学生達も大きな期待を持ってくれたので急遽計画に組み入れた。
参加者=ネパール人ツアー一行27人、杉本、宮本、大野、出島、吉井、飯泉、の合計33人
目的=①家庭ゴミ置き場の視察2度目
②アイウエオサークル本部事務所の視察。
③「環境エネルギー館」(横浜市鶴見)で、地球について勉強
●09:00.センター出発、今日は2度目のゴミ置き場の視察だ。秦野市は曜日によって出すゴミ内容が違う。その違いを確認、曜日の違いが何を意味するのか研究してもらう内容。
秦野市の中心部に向って発進、しかし時間が遅すぎたのか、ゴミ置き場にはゴミがなく暫らく走ったが探すことが出来ず諦めてアイウエオサークル事務所へ。
●09:40.着、アイウエオサークルの事務所は狭く全員が入るのは無理だが、何とか詰めて入ってもらい、スタッフを紹介、ネパール支援の日本の拠点を観察してもらった。
スタッフ達は、杉本、国内事業担当大野リーダー、ボランティア担当宮本リーダー、ホームページ担当小瀬村リーダー、小松総務、栗原会計、文化担当塩田リーダー、出島ボランティア、吉井ボランティア、の9人で迎えた。
アイウエオサークルの事務所は平日の10:00~15:00、まで、平日は2~3人ぐらいで働いているが、特に火曜日と木曜日は5~6人スタッフが出てくるため賑やかとなる。今日はその木曜日なので大賑わいとなった。
本当に小さな事務所だが、入って奥の部屋には8人分の机が並び大型の複写機1台にコンピューターが3台並びその中にプリンターが1台。頭上にはぐるりと1週した棚が備えられ、書類で溢れている。大きな地震が来たら大量に頭上に落ちてくるだろう雰囲気だ。入口のもう一つの部屋には2人分の机と新しいコンピューターにA3までプリントできるプリンターが1台、更に作業台が置かれ、その奥が倉庫となっている。倉庫にはピアニカや事務用品、催事コーナー参加の関係品や幟(のぼり)など、更に大量の書類が所狭しと3段の棚に積み込まれている。学生達はこの狭い事務所内をあちこちと写真を撮っていたがどんな写真になることやらという雰囲気だ。
「事務所は私が思っていたより小さいですけど、中を見て頑張っていることが分かりました」
「ネパールの会社や事務所ではこんなに沢山の書類を見たことがありません。ネパールでは記録を残す習慣が無いということですか?」
「今はコンピューターの時代ですから、必要な時にコンピューターで見るものだと思っていました。しかし、コンピューターは電気が必要ですから、書類でいつでも見られるようにして置くことは必要です」
「ここでネパールヘルプのための準備がされていることを知って嬉しいです」
「このACAジャパン(アイウエオサークル)で働いているネパール人はいないのですか?」
外へ出て集合記念写真を撮り、事務所とお別れ、杉本を残して全員バスに乗車。10:30.
●途中道が分からず大分てこずり、「環境エネルギー館」へ13:30到着。
今日の日程は3日前に計画変更があった為に、昨日までのように昼食の準備はなく、途中で買いながらエネルギー館へ行くことに、しかし、知らない道であったため、まずエネルギー館を探し、そこで学生を降ろしてコンビにストアーに走る。13:36.サンクスを見つけ弁当購入、32人分には数が足りず更に走りローソンを13:48.に見つけ弁当の不足分を購入。急ぎエネルギー館に戻り、館内を見学中の生徒達を集め、14:00.過ぎ、館内の休憩室で昼食。
弁当購入の際、飯泉インターンが「なるべく食べられる物を選ぶとしても、仕分けせずにあるものを買おう」と提案、そのため好き嫌いを言わずに食べるように話し、テーブルに揃え置きした中から自由に取らせた。いつも食べ物の準備に苦労していたが、生徒達はそれぞれが中身を交換しながら食べていた。買ってきたものは何も残らず平らげられた。因みに買った内容は、魚とチキン以外の肉を外して購入、チキンの照り焼き弁当・焼きソバ・たこ焼き・おにぎりとジュース。その後女性の説明員とともに15:30.迄の間、館内を楽しんでもらった。
●飯泉インターンのアイディアで、更に、飛行機の展示がある浮島公園へと足を伸ばし、1時間ほど滞在した。学生達は大はしゃぎで写真を撮るのに余念がなかった。
●18:20.センターに帰還。
今日は日本に来て始めて勉強のテーマがなく、学生達は気を許し大いにはしゃいでいたのか、大分疲れた様子だった。
「テーマが有った日は一生懸命だったけど疲れた様子が見えなかった、でも今日はテーマが無かったのに大分疲れた様子だけど、どうしましたか?」の質問に、「今日はフリーの日で今までと違いました。楽しかったです」
「まだ疲れていません、12日のディズニーランドへ行くまで頑張ります」
彦
このスタディーツアーはアイウエオサークルの本部が秦野市内にあることから、特に秦野市にお願いをしているところだが、実際、この13年間秦野市には良く面倒を見てもらってきた。この報告書作成に当たって、深く感じさせられる。改めて深甚の意を持って深く感謝。
手配をしてくれた佐藤課長代理、熊沢職員、杉山職員、有り難うございました。
●今日は海を体験してもらうということで、二ノ宮の海岸で地引網の体験学習とその収穫物でバーベキューをする計画だったが、台風の影響で前日の網が仕掛けられないことになり、3日ほど前に中止となってしまった。事務所の総務担当の小松スタッフから、「横浜の鶴見にある「環境エネルギー館」が地球の誕生から生命の多様性と生態系について、地球の循環機能と環境、エネルギーの勉強が出来ます、屋上にはビオトープがあり生徒達は喜ぶと思いますが、どうでしょうか?パンフレットも取り寄せてあります」と、提案され、飛びついた。学生達も大きな期待を持ってくれたので急遽計画に組み入れた。
参加者=ネパール人ツアー一行27人、杉本、宮本、大野、出島、吉井、飯泉、の合計33人
目的=①家庭ゴミ置き場の視察2度目
②アイウエオサークル本部事務所の視察。
③「環境エネルギー館」(横浜市鶴見)で、地球について勉強
●09:00.センター出発、今日は2度目のゴミ置き場の視察だ。秦野市は曜日によって出すゴミ内容が違う。その違いを確認、曜日の違いが何を意味するのか研究してもらう内容。
秦野市の中心部に向って発進、しかし時間が遅すぎたのか、ゴミ置き場にはゴミがなく暫らく走ったが探すことが出来ず諦めてアイウエオサークル事務所へ。
●09:40.着、アイウエオサークルの事務所は狭く全員が入るのは無理だが、何とか詰めて入ってもらい、スタッフを紹介、ネパール支援の日本の拠点を観察してもらった。
スタッフ達は、杉本、国内事業担当大野リーダー、ボランティア担当宮本リーダー、ホームページ担当小瀬村リーダー、小松総務、栗原会計、文化担当塩田リーダー、出島ボランティア、吉井ボランティア、の9人で迎えた。
アイウエオサークルの事務所は平日の10:00~15:00、まで、平日は2~3人ぐらいで働いているが、特に火曜日と木曜日は5~6人スタッフが出てくるため賑やかとなる。今日はその木曜日なので大賑わいとなった。
本当に小さな事務所だが、入って奥の部屋には8人分の机が並び大型の複写機1台にコンピューターが3台並びその中にプリンターが1台。頭上にはぐるりと1週した棚が備えられ、書類で溢れている。大きな地震が来たら大量に頭上に落ちてくるだろう雰囲気だ。入口のもう一つの部屋には2人分の机と新しいコンピューターにA3までプリントできるプリンターが1台、更に作業台が置かれ、その奥が倉庫となっている。倉庫にはピアニカや事務用品、催事コーナー参加の関係品や幟(のぼり)など、更に大量の書類が所狭しと3段の棚に積み込まれている。学生達はこの狭い事務所内をあちこちと写真を撮っていたがどんな写真になることやらという雰囲気だ。
「事務所は私が思っていたより小さいですけど、中を見て頑張っていることが分かりました」
「ネパールの会社や事務所ではこんなに沢山の書類を見たことがありません。ネパールでは記録を残す習慣が無いということですか?」
「今はコンピューターの時代ですから、必要な時にコンピューターで見るものだと思っていました。しかし、コンピューターは電気が必要ですから、書類でいつでも見られるようにして置くことは必要です」
「ここでネパールヘルプのための準備がされていることを知って嬉しいです」
「このACAジャパン(アイウエオサークル)で働いているネパール人はいないのですか?」
外へ出て集合記念写真を撮り、事務所とお別れ、杉本を残して全員バスに乗車。10:30.
●途中道が分からず大分てこずり、「環境エネルギー館」へ13:30到着。
今日の日程は3日前に計画変更があった為に、昨日までのように昼食の準備はなく、途中で買いながらエネルギー館へ行くことに、しかし、知らない道であったため、まずエネルギー館を探し、そこで学生を降ろしてコンビにストアーに走る。13:36.サンクスを見つけ弁当購入、32人分には数が足りず更に走りローソンを13:48.に見つけ弁当の不足分を購入。急ぎエネルギー館に戻り、館内を見学中の生徒達を集め、14:00.過ぎ、館内の休憩室で昼食。
弁当購入の際、飯泉インターンが「なるべく食べられる物を選ぶとしても、仕分けせずにあるものを買おう」と提案、そのため好き嫌いを言わずに食べるように話し、テーブルに揃え置きした中から自由に取らせた。いつも食べ物の準備に苦労していたが、生徒達はそれぞれが中身を交換しながら食べていた。買ってきたものは何も残らず平らげられた。因みに買った内容は、魚とチキン以外の肉を外して購入、チキンの照り焼き弁当・焼きソバ・たこ焼き・おにぎりとジュース。その後女性の説明員とともに15:30.迄の間、館内を楽しんでもらった。
●飯泉インターンのアイディアで、更に、飛行機の展示がある浮島公園へと足を伸ばし、1時間ほど滞在した。学生達は大はしゃぎで写真を撮るのに余念がなかった。
●18:20.センターに帰還。
今日は日本に来て始めて勉強のテーマがなく、学生達は気を許し大いにはしゃいでいたのか、大分疲れた様子だった。
「テーマが有った日は一生懸命だったけど疲れた様子が見えなかった、でも今日はテーマが無かったのに大分疲れた様子だけど、どうしましたか?」の質問に、「今日はフリーの日で今までと違いました。楽しかったです」
「まだ疲れていません、12日のディズニーランドへ行くまで頑張ります」
彦
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